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コラム

美術、音楽そして集楽

2020.09.15

ArchiFuture's Eye               ARX建築研究所 松家 克

来月の10月2日は「美術を楽しむ日」 四美大校友会同窓会連合(四美大アラムナイ)が制定。
四美大とは女子美術大学・多摩美術大学・東京造形大学・武蔵野美術大学の四校。
「芸術の秋」として親しまれている秋の季節の「びい=美 じゆ=10 つう=2」の語呂合わせか
ら10月の2日と決定している。老若男女のすべての人に美術を身近に感じる機会をもってもら
美術の楽しさ素晴らしさと可能性を伝えることが目的。記念日は2017年に日本記念日協
会により認定され登録された。
 
美術は美の術(わざ)と日本語では表現される。一方、音楽は音を楽しむとある。しかし、何
故、音楽は音を楽しみ、美術は美の術(わざ)となったのだろうか。
辞書を調べてみると美術とは、視覚的、空間的な美を表現する造形芸術。絵画・彫刻・建築・
工芸などを意味し、明治時代は、広く文学・音楽なども含めていた、という。
ウィキペディアによると、17世紀から18世紀にかけて、感覚的価値としての美の定義が試み
られ、自然美と芸術美が峻別されて両者のうち後者が人間精神の所産として優位にあるものと
G.W.F.ヘーゲルによって称えられ、V.クーザンによって美の表現以外のものを目的としない純
粋な芸術いわゆる芸術のための芸術こそ真の芸術であるとされた。芸術という概念はこのころ
に発生したという。文言としては中世以来のラテン語のアルス=arsフランス語のアール=art、
イギリス語のアート=artイタリア語のアル=arteドイツ語クンスト=Kunstがそのまま用い
られて、中世以来、美の文言は“技術”“巧みな仕上げ”などの意味で用いられてきたが、それに
新たに美を“表現する術”という意味づけがされ、今でいう芸術、さらに明確にするために美し
いという文言を加えて美術という言葉が生まれた、とある。
 
最近嵌ったテレビ朝日の「ポツンと一軒家」に登場する奥深き山里で住み続けている人は
力的な環境の中で、人が訪ねてくると燃えるように話す。PCやICTを使いこなしている奥深
い四国に住み続ける年配者もいた。人は、「ケとハレ」「日常と非日常」をハイブリットさせ
て、上手く楽しく生活を送り、精神のバランスも図りながら人生を豊かにしていると感じる。
人によっては美中に住み、意識せずに美を創造している人もいた。サルやイルカ、象など、集
まる生活形態を持つ多くの動物がいるが、何故か。これについては、別稿に譲るとして、人間
はどうなのか。この課題を捉えたArchi Future 実行委員の山梨知彦氏の “「新しい人の集まり
方」を考える
”のコラムは、小生にとっても共感できるところが多く、今後の示唆にも富む。
是非、読んで頂きたい。集まることは創造性の源であり、重要性は高いとコロナ過で強く感じ、
そして集まることの楽しさ、「集楽」を再確認させられている。
 
一方、このコロナ過では、人に会うことや集まることを極力セーブしている。このような状況
が今後も継続するのか想定は難しい。しかしながら、少なくとも集まり方に変化が見られ、新
形態も生まれるのだろう。既にオンラインでのEゲームやeスポーツに多くの若者が参加し、
異なる形態で多くの人を集めている。今後バーチル美術館やギャラリーャット・コミュ
ニティなどが更に発展していくと考えられるが、今後は、どのように展開して行くのだろうか。
電話機が発明された時に人は合わなくて済むと考えたというが、デジタル社会では、オンライ
ンでの情報のやり取りの普及で会うことの重要度がさらに強くなる可能性が高いと考えられる。
今回もリモート会議や在宅ワークが進めば、人と会わなくて済むのでは、などという人がいる
が、果たしてそうなるのだろうか。
今年のArchi Future 2020は、「集まり方改革」をテーマとし、イベントの在り様も含め多角
的に検討を加えた。考えていることをイベントで実現させるためには、時間とコストが想定以
上に掛かりハードルも高く継続課題としたが、今後もFutureに向けての検討課題とした。今の
時期故に新たに生まれる発想もあると期待している。
“Archi Future 2020”は、全てオンラインとなったが、ライブ感が重要だとの考えが委員間で
強く、このことをベースに企画を進めてきた。前述のように、時間や費用、スキルの点で難し
い面もあったが、念願だったMITやUCLAから参加者の方をオンライン故にお招きできるチャ
ンスが生まれ、池田委員のご尽力により実現。今は鋭意調整中であり期待していただきたい。
 
最後に、音楽では、コンサートやリサイタルに人が集まり、音を楽しむ。片や絵画は、ギャラ
リーや美術館、時によっては街頭でのパフォーマンスも含め、動機や集まり方の形態も異なる。
絵を描くことは一人で黙然と集中することも出来、命を燃やす人もいる。
森羅万象を知り尽くされたと思える瀬戸内寂聴さんも仙人ではなく98歳の齢を迎えられて森羅
万象の美、初めての絵画に取り組まれているという。
美術や建築が、今後も人が集まることとどのように関わっていくのだろうか。興味は尽きない
が、今、現在、新しい集まり方を考えるチャンスを与えられている。デジタル社会での集まり
方“新集楽”を今後も模索したい。


松家 克 氏

ARX建築研究所 代表 /  武蔵野美術大学 評議員