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コラム

IOWN構想のインパクト 
~建築分野に与える影響を考える

2024.04.23

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

筆者のアンテナが低いだけかもしれないが、最近になって遂にIOWN® (Innovative Optical
and Wireless Network)構想が表舞台に登場してきた感がある。IOWN®構想を提唱・推進す
るNTTグループの末席を汚している筆者だが当然ながら所謂「中の人」ではないので、世間
に出回っている以上の情報は持ち合わせていないそれでも最近見聞きする情報から、情報通
信という社会基盤に留まらない、大きな変革をもたらすものという印象を受けている。
 
IOWN®構想は ”NTT Technology Report for Smart World: What's IOWN?” という文書の
公開により2019年にスタートした。2024年の仕様確定、2030年の実現を目指して研究開発
が進められている高速大容量通信を実現するネットワクと、膨大な計算を可能とする情報
処理基盤の構想とされる。ネットワークから情報端末の中まで光通信技術を活用する「オー
ルフォトニクスネットワーク (APN: All-Photonics Network)」、産業やモノとヒトのデジ
タルツインを統合して高精度に再現し、さらに将来予測を実現する「デジタルツインコン
ューング (DTC: Digital Twin Computing)」あらゆるICTリソスの全体最適を行い、
AIによる予測を含めた動的制御を実現する「コグニティブ・ファウンデーション (CF:
Cognitive Foundation®)」の3つの主要な技術分野から構成される。
 
IOWN®構想の詳細はこちらをご覧いただけば詳しい情報が手に入るので、ここでは簡単に概
要だけ書いておくことにする。なおここから先は筆者の個人的な見解・意見として記載させ
ていただく。
 
オールフォトニクス・ネットワークは情報処理基盤のポテンシャルの大幅な向上を実現するも
ので、従来の情報通信基盤と比較して電力効率を100倍、伝送容量を125倍、エンド・ツー・
エンド遅延を200分の1にすることを目標としている。光による通信というと現在の光ファイ
バーが高速化するものでは?と思いがちなのだが、この技術ではネットワークはもとよりコン
ピュータ内部のCPUとメモリやストレージ間の通信、最終的にはCPU自体を光通信で動かして
しまうものらしい。半導体技術の進化とともに細微化が原子レベルまで到達してムーアの法則
が限界を迎えていると言われるが、オールフォトニクス・ネットワークはその壁を打ち破るも
のとなるだろう。また、金属線に電流が流れることに起因するICT機器の発熱は劇的に抑えら
れる。情報伝達を光で行うことによる発熱量の低下とともに、線長による抵抗値を気にしなく
て良くなるのであればコンピュータを小さな筐体にまとめておく必要もなくなる。将来的には
CPUやメモリ、ストレージが別々の場所にあって光通信で結ばれるオンデマンドで性能を規定
できる分散型コンピューティングなども実現されるかもしれない。エネルギー効率の向上の
一例としてはこれらの技術が実用化された時に作られるスマトホンの充電は年に1〜2回で
済むようになるらしい。
 
IOWN®構想におけるデジタルツインコンピューティングは、単体のモノのデジタルツインを
対象とするだけでなく、多様な産業やモノと人のデジタルツインを掛け合わせて計算を行い、
これまでは総合的に扱うことができなかった組み合わせを高精度に再現し、さらに将来予測を
行うことを目指している。これまで「建物のデジタルツイン」というキーワードで表される取
り組みはセンシングと組み合わせたIoT技術による現象の再現が中心となていた温度湿度
をはじめとする環境の再現はできていても、それが建物利用者にどのような影響を与え何を感
じさせるか、というところまではなかなか踏み込めていなかったように見える。デジタルツイ
ンの都市や建物の中でデジタル化された利用者は何を感じ何を思うのか、その先には何が起き
るのか、といったことを新たなデジタルツインコンピューティングは実現していくのかもしれ
ない。筆者が学生の頃、建築を専門としていない友人に建築の雑誌を見せたことがある。その
際に「この雑誌の建物にはどれも人が全く写っていない。気持ちが悪い」と言われてハッと
したことを思い出した。今後のデジタルツインコンピューティングでは、人やそのアクティビ
ティから都市や建物がどのように見えるかを明らかにする手段となるかもしれない。
 
コグニティブ・ファウンデーションはあらゆるICTリソースを全体最適し、必要な情報をネッ
トワーク内に流通させる技術を指している。クラウドやエッジをはじめ、ネットワークや端末
を含むあらゆるICTリソースをマルチオーケストレータが最適に制御し、さらに収集した情報
をもとにシステム自体が自己進化していく世の中には有線無線を問わずさまざまな情報通信
手法と経路がありそれらを組み合わせて相互接続することで情報通信を可能としている。こ
れまで固定的だった組み合わせを状況に応じて動的に変え、最適な情報通信環境を実現する。
さらに情報通信だけでなくコンピュータやユーザ設備といったレイヤの異なるICTリソースを
一元的に管理し最適化する仕組みが提供されることになる仮想化コンピュータを設定する際
にCPUの個数や周波数、メモリ容量やストレージサイズを選択するが、これらICTインフラ全
体に拡大し、さらに状況や将来予測に応じて自動的に最適な環境を自ら作り出す仕組み、だと
理解すれば良いのではないだろうか。
 
IOWN®構想を構成する3つの技術基盤はそれぞれとても興味深いものだが、これらが組み合
わされた情報通信環境が社会全体や建築分野に少なからず影響を与えていくことは想像に難く
ない。すでに通信の低遅延を活かした建設機器の遠隔操作の実証実験等が始まっているようだ
が、それらにとどまらないさまざまな活用シーンが想定できるのではないかと思う。
例えば就業人口の減少や労働時間の短縮化という問題に対しては、遠隔というキーワードによ
るリソースと業務の集約が解決方法の一つになるだろう。遠隔といえば監視と制御が最初に思
い浮かぶ。このような現場に行くことが前提になる業務を遠隔で行うことで、複数の現場の業
務を集約するといった解決方法が考えられる。とはいえ遠隔で監理や点検を行うためには視覚
情報だけでは十分とは言えない。視覚に加え聴覚や嗅覚、さらには空気感や違和感といった現
場の状況をどのくらい再現できるかが必要になるのではないだろうか。情報通信環境の充実に
伴い、伝送する情報をさらに増やしていくことができれば、仮想三現主義が実現できるのでは
ないかと思う。そのためには、さまざまな感覚をデジタル化するセンシング技術の進化にも期
待したいところだが、単純に現場の情報を伝送するだけでなく、視覚情報から音や匂いの情報
を生成したり、その場の空気感や違和感を再現したりするヴァーチャライズ技術が重要な鍵に
なるようにも思う。
そのほかにもエネルギー効率というキーワードがあげられる。こちらは将来データセンターを
はじめとする情報通信に関連する建物のデザインに少なからず影響を与えることが予想できる。
また、情報通信基盤全体のエネルギー効率が向上した場合、街づくりの考え方が変化していく
ように感じる。
 
IOWN®構想では現在も新たな情報通信基盤を様々なコンテンツと連携させるため、色々な検
証や実証が行われている。建築分野でもすでに試行は始まっているようだが、ここでさらにコ
ンテンツとしての建築の適用範囲や種類を増やしてみても良いかもしれない。
 
「IOWN®「Cognitive Foundation®」は日本電信電話株式会社の商標又は登録商標です。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター