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コラム

ライフサイクルBIM6
~見えないものを見るためのBIM

2023.07.04

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

建物ライフサイクル全体でのBIM活用の概念図は、企画・設計・施工・竣工・維持管理といっ
た主要な建物ライフイベントがほぼ均等に配置され、維持管理が次の周回の企画に繋がって円
を形作っている。図によっては維持管理から枝分かれした先に撤去が描かれている。概念とし
てはその通りだが、一般的な建物のライフイベントの期間を企画と設計が1〜3年、施工が2〜
5年、竣工後の建物運営に伴う維持管理が40〜60年(場合によってはさらに長期間)として時
系列で表すとかなり印象が変わる。建物の種類や考え方によっても異なるが設備機器更改周期
を15年程度、大規模改修周期を20年程度とすると、これらは建物ライフサイクルの2周目以降
の設計・施工と見ることができる。建物運用期間での企画は新築時と異なり運営・維持管理で
の状況に基づく整備・改修計画の策定として捉えた方が分かりやすい。建物ライフサイクルを
時系列的な直線で表すと、何種類かのライフイベントが周期的に発生し最終的に撤去に至るこ
とが分かり、建物ライフサイクルマネジメントの全体像を直感的に理解できる。
 
設計や施工といった建築生産におけるBIM活用は、普及期を経て次の段階に進みつつある。
一方、竣工後のFMや維持管理でのBIM活用は、準備運動は十分にできているもののなかなか
本格的な普及に至っていないように見える。BIMモデルと連携したFMツールはここ数年種類
と提供機能が増えているが建物オーナーへのBIM活用が急速に広がっているという話もBIM
によりFMや維持管理が劇的に改善されたという話もあまり聞こえてこない。建物運営でBIM
の有効性を実感するにはまだなにかが足りない、ということなのだろうか。

あらためてBIMの特性を振り返ってみる。2次元では把握することが困難な形状を比較的容易
に創り出せる、1つのモデルから様々な図面表現を出力できる、意匠・構造・設備を重ね合わ
せ空間的な矛盾点を容易に見つけ出せる、形状と属性の情報が統合されているので部位・機器
の数量や種類別の仕上げ面積を簡単に算出できる、各種シミュレータで利用するデータとして
使うことができる……等々枚挙に暇がないが、これらに共通するのはBIMは実際に存在しない
建物を様々な情報を介して見るための手段、と言うことになる。
建築生産工程で見えない建物を見る必要があったのは、それが従来の設計や施工における課題
を解決する手段の一つとなり得たからである。設計や施工における課題であった発注者との認
識のズレの解消、工程の合理化、手戻りの防止を図るためには建物情報の統合・一元管理と視
覚化が必要であり、その手段の一つとしてBIMが有効であった、ということに他ならない。

分かりきったことのために字数を割いたが、再度確認したのは竣工後の建物運営やFM・維持
管理も同様のプロセスでBIMの導入に至っているのかという疑問があったからである。
感覚的な話で恐縮だが、建物運営やFM・維持管理の領域では解決しなければならない共通課
題がまだはっきりと見えていない状態のように思える。ランニングコストの根拠の見える化や
今後の労働人口の減少への対応、修繕・大規模改修・建替えの経営的判断、SDGsやBCPへの
対応等、建物運営やFM・維持管理の共通課題が見えてくれば、何を実現しなければならないか
が決まるだろう。解決手順に建物情報活用が含まれていれば、それらの蓄積・統合・共有等の
手段としてBIMが有効な部分に適用する、という手順で建物運営やFM・維持管理のBIMの姿が
見えてくる。そのためには建物を保有・利用し運営・維持管理を行う側が、課題を抽出しどの
ようにあるべき姿にしていくかを明確にする必要があるだろう。

一方建築生産側は、せっかく作ったBIMモデルが竣工後のFMや維持管理でも役に立つだろう
と考えがちだが、建築生産における問題解決手段としてのBIMモデルが建物運営工程の問題解
決に使えるかを再考する必要があるだろう。確かに統合された建物情報はFMや維持管理にお
ける管理対象物に対応するが、点検対象機器の種類と数量や場所がBIMモデルでわかると言わ
れても建物が実際に存在しているのであれば現地で直接見るほうが早くて安くて正確だと言わ
れ、それに対して反証ができないということが現状の足踏み状態の一因ではないかと思う。結
果として、建築生産のBIMモデルはFM・維持管理で使うにはデータが重い……といった本質で
はない部分での議論が繰り返されることになってしまう。

建物運営やFM・維持管理でBIM活用が広がるブレークスルーの一つとしてBIMの特性の一つ
である見えないものを見る手段の適用を考えてみる。実際に建物が目の前に存在する場合、見
えないものなどないと思いがちだが、例えばトラブル時にどのような現象が発生したのかを追
体験する、建物訪問者がいつどこにいたかを時系列的に見る、機器類のセッティングによって
エネルギー消費量がどのように変わるのかレイアウトの変更により人の流れはどうなるのか
それが事業やビジネスにどの程度影響を与えるのか、災害時に建物がどの様な影響を受けたの
か、ある施策を実施した場合に年間のランニングコストがどのくらい低減され建物の価値や寿
命がどの程度変わるのかと言った、物理的に建物を見ても見えないものを見る手段となり得る
のではないかと思う。そのためにはBIMモデルを建物の現象を表示するUIとして位置づけ、建
物に設置した様々なセンサーや予測やシナリオメイクができるAIや建物以外のデータと連携す
る情報環境の実現を検討する必要もあるだろう。

建築生産工程がそうであったように、建物運営やFM・維持管理工程においてもまずは課題を
明確にし、あるべき姿とそこに至る道筋を策定し、建物情報をどのように使えば有効かを考え
た上でBIM活用の姿を描いていけば、その先にBIMによる建物デジタルツインのあるべき姿が
見えてくるのではないかと思う。


 

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター