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コラム

「おすすめ」が形作る私たちの決断

2025.01.07

ArchiFuture's Eye                  広島工業大学 杉田 宗

皆様、明けましておめでとうございます。いよいよ2025年が始まりましたね。今年は大阪・
関西万博の年!建築業界にとっては、いろいろと話題の多い1年になるでしょう。

今年の正月休みは9連休ということで、始まる前からどうやって過ごそうかそわそわしていま
したが、休みに入ってすぐに体調を崩し、半分以上をベッドの上で過ごしてしまいました。最
初の1~2日はスマホでSNSを眺めるのが楽しかったですが、3日目くらいになると流れてく
る映像のほとんどが、街角で「あなたの夢はなんですか?」などと街頭インタビューする映像
と、古い自動車を見つけてはピカピカに掃除する映像ばかりになり、急に飽きてしまいました。
 
調べてみると、見れば見るほどSNSがおすすめしてくる映像や情報が狭まっていくことで「エ
コーチェンバー現象」を引き起こすらしいです。自分と似た意見や思想を持った人々の集まる
空間内でコミュニケーションが繰り返され、自分の意見や思想が肯定されることによって、そ
れらが世の中一般においても正しく、間違いないものであると信じ込んでしまう現象らしいで
す。そういえば、去年末も同じような経験をしたような気がする。去年は陰謀論っぽい映像と
放送事故のオンパレードだった。知らず知らずうちに手が止まってしまい、それに関連した情
報に偏っていくのはSNSの強みでもあり、恐ろしさでもありますね。

しかし、この「おすすめ」機能なしでは、ネット上にある膨大な情報に効率よくリーチできな
いのも現実です。食べるものや移動ルート、次に何を買うかなど、「おすすめ」の影響は私た
ちが思うよりはるかに大きくなっています。「おすすめ」機能は、膨大な情報の中から効率よ
く必要なものを見つけるのに非常に便利な反面、気づかぬうちに私たちの視野を狭めるリスク
があることを理解して受け入れることが重要でしょう。

その「おすすめ」をSNSにまかせっきりにしてはいけないと思い、昨年私のおすすめ
Instagramアカウントリストを学生たちに公開しました。ここには国内外の有名な建築家をは
じめ、海外の有名建築大学、コンペ情報を流しているアカウントや、建築の模型やダイアグラ
ムの画像や映像を流しているアカウントも含めました。本当なら個々でそういうアカウントを
見つけてフォローしてもらいたいのだけど、まずは全員この辺のアカウントをフォローして、
日常的にそういう情報を浴びるようにするのが狙いです。もしもそういうものに興味を持て
ば、あとはSNSの方からもっと色々な選択肢をおすすめしてくれるはずです。

多くの学生は既に似たようなアカウントをフォローしているだろうと勝手に想像していました
が、「こういうかっこいいアカウントが知りたかった!」とか「SNSの楽しみが増えた」とい
う声を聴いて驚きました。SNSはやってるけど、あまり目的もなく楽しそうな情報をフォロー
しているがほとんどで、自分の学びや興味に関連した情報収集にSNSを活用している学生は少
数派のようでした。そういう意味でも「おすすめ」の影響は計り知れないと感じました。

同様に、高校生が進学先を決める場面や、大学生が就職先を決める場面でも「おすすめ」の影
響が強くなってきているように思います。いくつかの質問に答えていくと「あなたに向いてい
るのは〇〇学」とか「あなたには〇〇大学〇〇学科がおすすめ!」というアドバイスをしてく
れる受験生向けのサービスが沢山あり、就職活動でも同様のサービスがあります。食べ物や移
動ルートだけでなく、進学や就職もおすすめから選ぶ方が自然な時代になっているのかもしれ
ません。これだけおすすめ機能のおかけで失敗なく人生を過ごせるようになったら、そう考え
るのも当たり前かもしれません。

近年成長が著しい生成AIも「おすすめ」機能の延長線上にあると言っても良いかもしれませ
ん。生成AIが加わることで、「おすすめ」はさらに個別化され、単なる選択肢の提示にとどま
らず、個々のニーズに応じて新しいコンテンツを作り出す能力を持つようになります。例えば、
これまではレシピアプリやSNSの口コミで「おすすめ」のレシピが流れてきていましたが、生
成AIになれば、家にある材料や好みに基づいて料理のレシピを生成して提案することが可能に
なるでしょう。これにより、「おすすめ」は単なる選択肢の提案を超え、ユーザーの行動を具
体的に後押しするツールへと進化していくと思います。

私たちが生きるこの「おすすめ」全盛の時代は、情報を効率よく活用できる一方で、視野の狭
さや自己決定力の低下といった課題を内包しています。そして、生成AIの登場によって「おす
すめ」の形はますます進化し、私たちの生活に深く入り込むようになります。このような時代
において重要なのは、「おすすめ」に完全に依存するのではなく、それがどのような仕組みで
成り立ち、どのような意図を持って提示されているのかを理解することだと思います。

おすすめ機能や生成AIが提供する便利さを享受しつつも、自分自身で新しい視点を探求し、広
い視野を保ち続けることが求められています。AIが私たちに最適化された未来を示す中で、私
たち自身も意思決定の主体であり続けることが重要です。便利さの裏にあるリスクを見極めな
がら、「おすすめ」と生成AIを賢く使いこなす姿勢が、これまで以上に必要とされるスキルに
なるでしょう。

杉田 宗 氏

広島工業大学 環境学部  建築デザイン学科 准教授