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コラム

BIMになくて人にある溝

2025.01.09

パラメトリック・ボイス                   熊本大学 大西 康伸

BIMによって、これまで横たわっていた見えない溝が顕著に認識されることがある。例えば敷
地にまつわる建築と土木の溝。
 
敷地やその周辺環境を低コストで簡単にデジタル化する取り組みを、2023年7月のコラム
BIMは現実とかけ離れた存在か」で書いた。興味があると思ってこの話を意匠設計者にする
と、大抵興味があるのかないのか分からない微妙な反応が返ってくる。心が読める道具でもあ
れば、面白そうだけどそれは自分たちの仕事じゃない、と聞こえてきそう。

例えば、敷地が傾斜地であったり開発行為を避けたりする場合、配置計画段階での敷地の高精
度なデジタルモデルの存在は、そのプロジェクトの成否に大きく影響する。意匠設計者は喉か
ら手が出るほど欲するはずなのだが、自ら解決に動かないのは前述した通り。

これまで測量や造成は、どちらかと言うと土木や施工に携わる人々の関心事であった。もちろ
ん、ドローンを用いたSfM写真測量やLiDARスキャナの使用にはコツが必要だし、取得した点
群を加工して自動モデリングする技術も必要で、意匠設計者には少々荷が重い。だからこそ現
地調査(現調)の延長で精緻な敷地やその周辺環境のデジタルモデルの作成を目指した我々の
研究が重要だと思っているのだが、にしても、である。
はじめから自分たちでやることを諦めてしまっている空気感に、建築側から土木との溝を見た
ような気がする。
 
では、自分たちでやるのが無理なら、測量の専門家に外注してみてはどうか。今はCIMの時代、
土木側の人たちはやる気満々なのだが、建物の配置を計画する段階でどのようなデータが必要
か分からないため、これまたうまくいかない。
ここにも土木側から建築との別の溝を見ることになる。

デジタルにとって、建築や土木という領域は何の意味も持たない。デジタルは人々の間に横た
わる溝を軽々と超え、溝を挟んで静かに対峙する人々に手を取り合うことを強く求める。
デジタルを触媒として様々な分野と協業してきた経験から、手を取り合うことをいとわず、そ
れを大いに楽しむことをオススメしたい。未発見の大小様々な溝が無数にある、そう想像する
だけでどの溝を攻略しようかとワクワクする。
もっとも、相手も必ず手を差し伸べてくれるとは限らない。差し伸べた手がその後所在なく宙
を漂った回数は、手を取り合った回数と同じくらい経験してきた。それを如何ともしがたいと
ころが、なんとも歯がゆい。

さて、はたして敷地デジタル化の研究は、意味があるのか、ないのか。
絶対必要になると直感し、今は大手組織事務所に所属するM君と3年前に始めた研究だが、最
近少々スタック気味であることは否めない。傾斜地だからと言って土量や眺望のことだけ考え
て配置計画をしているわけではないよ、学会で発表するとそんなもっともなご意見をいただい
たりするが、ここはあえて新しく手にしたできること、にこだわりたい。
ただ、これまでの経験からやはり何かが足りないと直感している。見つかってしまえばなんて
ことはないのだろうが、今日も頭のどこかで見当たらないピースを探している。

件の学生は、院生の時に球体である地球を平面的に表現する図法を学び直し、PLATEAUの
CityGMLデータをRevitに読み込むコンバーターを完成させた。溝を軽く飛び越えたデジタル
を、何とか追いかけた姿をそこに見た。
BIMの側には溝はないのに、人の側には溝がある。デジタル化がどれだけ進展しても仕事が減
らない理由が、少しわかった気がする。


 

大西 康伸 氏

熊本大学 大学院先端科学研究部 教授