都市再開発の未来—AI技術で「取り壊し後」の
景観を可視化
2025.02.18
パラメトリック・ボイス 大阪大学 福田 知弘
はじめに:建造物がなくなった後の未来を描く
都市の再開発では、古い建造物を取り壊すことがよくあります。しかし、その後の景観がどの
ように変わるのかを住民や関係者が正確にイメージするのは難しいものです。一方、検討過程
では、専門家だけでなく一般市民も参加し、意見を交わすことが重要です。
これまで、取り壊し後の未来の景観を示すために、フォトモンタージュやVR(人工現実)が
使われてきました。しかし、これらの方法では、視点が固定されていたり、入力に手間がか
かったり、再現性が十分ではないといった課題がありました。近年では、AI技術を活用して
画像を生成する方法も開発されていますが、自由な視点で景観を確認するのは難しいのが現状
です。
そこで、筆者らの研究チームは、AIを活用した3D再構成技術を使い、「取り壊し後の景観」を
自由な視点で確認できる新しい方法論とそのためのシステムを開発しました。本研究では
「3Dガウススプラッティング(3DGS)*1」と「拡散モデル(Diffusion Model)」という最
新技術を組み合わせ、建物を取り除いた後の3D空間をよりリアルに再現する方法を提案して
います*2。
これまでの課題:3D再構成の難しさ
取り壊し後の景観を3Dで再現するためには、まず「3D再構成技術」が必要になります。従来
の方法には、大きく分けて以下の2つのアプローチがありました。
1. アクティブ方式(光を照射し、反射を検知:レーザースキャナーやX線スキャナーを
使用)
⇒高精度な3Dデータを取得できるが、高価で時間がかかる。
2. パッシブ方式(光からの反射検知:カメラで撮影した画像から3D再構成)
⇒手軽に使えるが、建物の影になる部分などがうまく再現できない。
このパッシブ方式では、「NeRF(ニューラル・ラディアンス・フィールド:ナーフ)」とい
うAI技術を使った方法が注目されています。しかし、NeRFは計算時間が長く、解像度の制約
があるという課題がありました。そこで、3DGSが注目されています。
3Dガウススプラッティングとは?
3DGSは、NeRFと異なり「点群データ」を使って3D空間を再現する方法です。これにより、
以下のようなメリットがあります。
・計算時間が大幅に短縮され、リアルタイムに近い速度で3D再構成が可能。
・高解像度の3D空間を作成できる。
・さまざまな視点からの景観をリアルに確認できる。
ただし、3DGSにも課題があります。それは、建物の影になっている部分や、取り壊し後に隠
れていた部分を再現するのが難しいという点です。そこで本研究では、この問題に対して拡散
モデルを使って解決を目指しました。
拡散モデルによる画像補完
拡散モデルとは、画像生成AI技術のひとつであり、画像の欠損部分を補完することができま
す。この技術を提案システムに組み込むことで、以下のような効果が期待できます。
・建物が取り壊された後の見えなかった部分を補完できる。
・影になっていて取得できなかったデータを補うことで、よりリアルな3D空間を作成で
きる。
本研究では、3DGSで生成された3D空間をもとに、拡散モデルを用いて欠損部分を補完し、
その後さらに3DGSを適用して最終的な3Dモデルを完成させるワークフローを構築しました。
実験と結果:よりリアルな都市景観の再現へ
筆者らのチームは、この新しい方法論の有効性を検証するため、以下の実験を行いました。
1. 都市の一部を3DGSで再構成し、再開発で取り壊す建造物を削除する。
2. 削除後に、拡散モデルを使って欠損部分を補完する。
3. 補完後の画像を用いて、再度3DGSで3D空間を生成する。
4. 従来の方法と比較し、画像の品質を評価する。
画像の品質評価には、以下の指標を使用しました。
・SSIM(構造類似性指数):画像の構造的な類似性を測る指標。数値が高いほどリアル
な画像と評価できる。
・LPIPS(学習された知覚的画像パッチ類似性):人間の視覚に基づいて、画像の違いを
測定する指標。
実験の結果、提案した方法では従来の方法と比べて、取り壊し後の景観をよりリアルに再現で
きることが確認されました。特に、影になっていた部分や隠れていた部分の再現精度が向上し、
視点を変えても違和感のない3D空間が実現できました。
まとめ:住民が未来の都市を体験できる時代へ
本研究では、最新のAI技術を活用し、建造物取り壊し後の都市の姿をリアルに再現する方法を
提案しました。3Dガウススプラッティングと拡散モデルを組み合わせることで、より高精度で
リアルな都市の未来を描くことが可能になりました。
この研究により、都市の再開発や建造環境プロジェクトにおいて、一般市民がより直感的に未
来の景観を理解できるようになります。特に、以下のような場面での活用が期待されます。
・都市開発の合意形成: 住民が取り壊し後の景観を事前に確認し、意見を交わせる。
・文化財の保存計画: 取り壊し前後の景観をデジタルで比較し、適切な保存方法を検討
できる。
・環境評価: 建物を撤去した後の自然景観や日照条件をシミュレーションできる。
この技術の発展により、都市を開発するプロジェクトがよりオープンになり、一般市民が未来
の街づくりに積極的に関与できる時代が到来するかもしれません。
図1 提案フロー
図2 キプロス・ニコシアで開催されたeCAADe 2024での発表風景(M1 鶴永)
図3 キプロス・ニコシアの「エレフテリア広場」は旧市街と近代地区をつなぐ(設計:ザハ・
ハディド・アーキテクツ)
*1 Kerbl B., Kopanas G., Leimkuehler T., Drettakis G. (2023). 3D Gaussian Splatting
for Real-Time Radiance Field Rendering. ACM Trans. Graph. 42, 4, Article 139,
14 pages.
*2 Tsurunaga S., Fukuda T., Yabuki N. (2024). Enhanced Landscape Visualization of
Post-Structure Removal: Integrating 3D reconstruction techniques and diffusion
models through machine learning, Proceedings of the 42nd Conference on Education
and Research in Computer Aided Architectural Design in Europe (eCAADe 2024), 1,
549-558.