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コラム

建築のデジタル環境に関するアメリカ西海岸
の動向(2)

2016.04.12

ArchiFuture's Eye                  ノイズ 豊田啓介

出張や体験ベースで個人的にレポートするアメリカの建築デジタル環境(とその周辺)今回
は第二弾ということで西海岸の南側、サンフランシスコ・ベイエリアについてです。しかしベ
イエリアについて書き始めたところ、原稿が結構な長さになってしまいました。辟易させてし
まっても申し訳ないので、ベイエリアのレポートを二回に分け、今回はベイエリア【前編】と
し、次回にベイエリア【後編】をお届けします(それでもつらつらと結構長いです、覚悟して
ください)。

サンフランシスコ・ベイエリアといえばGoogleやApple, Facebook, Twitter, Uber, Airbnb,
Tesla, Pixarなどなど、ここに本拠を構える今をときめくテック企業は枚挙にいとまがない。
そして単に技術だけではなく、テック産業に理解と興味を持つVC(Venture Capital)の集積
地でもあるということも、ベイエリア経済の両輪をなす重要なポイントだ。つまり技術もお金
も今最高レベルで集まる場所で、そこには当然人材も集まる。そりゃエキサイティングでない
はずはない。ノイズでもベイエリアで住宅プロジェクトが進行中で最近ほぼ1-2か月に一度の
割合で出張に行っているが、ほんの1年半ほどの間でも行く度に地価が上がり交通渋滞もひど
くなるのが実感できる。ローカルに誰かを雇おうとする、もしくは仕事を外注しようとした時
の時給や費用は日本の標準に比べれば相当に高く、もし日本側から二次発注をしなければなら
ない契約だとしたら、ベイエリアスタンダードで相応の額を見込んでおかないと日本基準の設
計料なんてすぐに消し飛んでしまう。住宅の施工単価だと、最近だと同じ西海岸のシアトルに
比べても1.5-2倍近くするのではないか。かといって単純な所得や売り上げ額での比較が生活
の質の差をそのまま表しているかといえばそうでもなく、彼らは彼らで長期雇用が前提になっ
ておらず、学生ローンの返済をかかえた人も多くて、その他保険や社会保障関連の出費、家賃
や生活費も同様に高いということを考えると、一概にどちらが生き易いといえるものでもない。
ただ、勢いとエネルギーに満ちていて、技術と知識次第で日本とはかなり異なる環境で生活で
きることは間違いない。
 
意外なことに、ベイエリアを拠点とする世界的に有名な建築事務所というのはほとんどない。
ロサンゼルスならF. GehryやMorphosisをはじめLA派といえるようなデジタル技術とインダス
トリアルな質感を特徴とする建築家群がいるし、シアトル/ポートランドでもAllied Worksや
Olson Kundigなどいわゆるスター扱いの設計事務所が複数ある中ベイエリア拠点でいわゆる
スター建築家といっても意外に名前が出てこない。実際の建築物も高級なものでも既製品のア
ルミフレームに合板ベースのクラディング、2x4工法のハリボテの様式的住宅が多く、サン
フランシスコ市内の歴史的建築物のセンスある改装(これに関してはさすがに鼻血が出そうに
上手い事例がたくさんある)を除けば、デザインや精度、質感に対する社会的感性の成熟とい
う点ではまだまだ途上にあるといっていい。ベイエリアに拠点を開けば仕事はこれからどんど
ん増えるぞと会う人ごとに言われるが、契約関係の複雑さ、雇用や外注経費の高さや不安定、
法的環境の自治体ごとの差異(ベイエリアはローカル・クライメットといって街単位で気温や
気候が著しく異なることで有名だが、法規や制度に関しても同様な傾向があり、コミュニティ
によって同じ建築を実現する法的、社会的難易度が大きく異なる)、一つのプロジェクトに不
要に時間がかかることなど、アメリカに事務所を構えるというのも現実にはそう簡単な話でも
ない。ただ、テック長者が雨後の筍のように生まれ続ける中、その低年齢化に伴いまちがいな
くより新しい感性を持つ建築への需要は高まっていくだろう。今のベイエリアの上流は、まだ
まだラルフ・ローレンかバーバラ・ブッシュのような、絵に描いたような白髪の上流アメリカ
人社会の感性で動いている部分は強いのだ。これから10年くらいかけて、ザッカーバーグのよ
うなパーカーとスニーカー世代の感覚に移行していく、今はその過渡期だ。
 
オフィスでも、ロフトっぽいいわゆるリノベ系オフィスとして、倉庫街や古いレンガ造の建築
物を上手く使っている例がサンフランシスコ市内には多いが、ここはまたこうしたグランジー
な感性がデジタル技術と融合する最先端のフィールドでもある。僕が以前所属していたNYの
SHoP出身者が最近いろいろな分野で中心的な働きをし始めているその一つ、BIMコンサルティ
ングと建築系ソフトウェア・アルゴリズム開発を専門として立ち上げたCaseというチームが、
昨年We Workという全米でオシャレ系シェアオフィスを運営する企業にまるごと買収されて界
隈ではかなり話題になった。We Workの狙いは、あらゆる与条件(特殊な平面、既存建築物、
構造や設備配置、法規、機能的与件など)に対する配置や設計の最適化アルゴリズムを開発し、
そこにグレードやテイストなどの文化的パラメーターも組み込みつつ、レイアウトとデザイン
の「合理性」をその都度カスタムパッケージとして生成するという新しいデザイン・ビジネス
だ。結果いわゆるオシャレリノベ系オフィスが最先端のアルゴリズムベースで半自動生成され
るという新しい手法が、実効的に生まれつつある。サンフランシスコのダウンタウンにも、
SoMaに新しくオープンしたSF MoMA新館(設計: Snohetta)のすぐ近くに一つあるから機
会があれば雰囲気だけでも覗かせてもらうと面白い。同時に、買収されたCaseの側の視点でい
うと、配置最適化アルゴリズム(そこに文化的パラメーターの融合も意図されているとはいえ)
開発の専業化に満足できず、やはりデザインに軸足を置いて機動的に動きたいということで、
結構な数の中心的デザイナーやプログラマーが買収時にCaseを辞めていった。最近SHoP Constructionが再びSHoP本体に吸収されたという動きともあわせ、こうした事実も今後の新し
い設計ビジネス構造や価値の創出という視点で重要なポイントになるだろう。

 
ベイエリアというと、例えばGoogleの自動運転車がそこらじゅうを走り回っているイメージが
あるかもしれない。これはあながち外れてもいなくて、サンフランシスコ市内で自動運転車は
さすがに見ないがGoogleお膝元のMountain View市内ならかなりの確率で信号待ちの車の中
に自動運転車が混ざっている。テスラを見る頻度は日本ならクラウンくらいの感覚だし、エリ
アごと新しいテクノロジーの実験場として機能していることは間違いない。ちなみにモーター
とバッテリーだけで動くテスラの居住空間の広さと加速のインパクト(劇的に軽い)は圧倒的
で、フル加速時のGはどんなエンジン車もびっくりのレベルだ。ダッシュボードは大きなタッチ
パネルのみで、一通りの操作はSiriのような音声入力でできてしまうし、実際に乗ると予想以
上にパラダイムシフトを感じる。自宅やマンションの駐車場にテスラの充電器が標準整備され、
住宅のスイッチには当然nestを考えるという感覚一つとっても、建築実務の常識も着々とシフ
トし続けているといえる。サンフランシスコの友人宅に泊まると、臨時の家政婦を呼ぶのも
Uber式だ。アプリ上で必要な日と時間で依頼をかければ、登録した近くの家政婦さんがiPhone
片手にやってくる(もちろん数ブロック先の角を曲がったからあと2分で来るなどというのが見
れるのもUberと同じだ)。アプリが信用と支払いを担保するし、不定期に必要な時だけ依頼す
るライフスタイルなら毎回勝手を知った同じ人が来る必然性は薄くなる。要はライフスタイル
とニーズに合っている。どんな分野も、既存の市場構造では拾えなかったロングテールをデジ
タルとネットワークで再編成するクラウドソーシングへと向かっているのは明白で、事務所の
ような人材の所属やチーム構造も、もしかしたら家族という経験すら非固定化し、その都度組
み合わせるようなものになっていくのかもしれない。週末ペット、夏休みパパのようなソー
シャルシェアビジネスの実現も、そう遠い話ではないようだ。ただ、日本で同じシステムがそ
のまま機能するかと言われれば、押しなべてサービスの質的な期待値がそもそも低いアメリカ
だから十分に価値を持つ部分も多分にあって、そうした期待値も実際のサービスも一定の質が
維持できている日本では、なかなか実効性を持たせるのは難しいだろう。
 
前回のシアトル・ポートランドエリアには建築的に特筆すべき大学が少ないと書いたが、ベイ
エリアにはまさにベイエリアのエンジンStanford大学やUC Berkeleyをはじめ、CCA、
Academy of Artといった美術系大学など、建築やデザイン関連に限ってみてもかなり活動は
多様で活発だ。Stanfordはいわゆる建築系学部を持っていないが、ここがシリコンバレーの
テック経済の頭脳を生み続けているまさにブレーン製造機で、専門性を横断したR&Dが多くの
新産業のベースとなっている現代のエコシステムを鑑みても、建築分野もStanfordの動きに無
関係でいるべきではない。特に建築の未来がネットワークやAI、スマートマテリアルやロボティ
クスなどの分野に求められている中、日本の建築界も留学先がいわゆる建築学科であることに
はこだわらずStanfordのような大学の関連する専門分野に積極的に人材を派遣するくらいし
ないといけないのではないか。僕の周りでももう少し軽めの例とはいえ、IDEOで働いて建築
にもどってきたとか逆に設計事務所を辞めてアニメーションスタジオで働くとか、Google Xで
建築の専門性を生かしたポジションに就くとか、そういう動きが普通にある。そうした分野間
の高い流動性に加え、技術投資という面でも企業側も技術者・デザイナー側(技術者とデザイ
ナーの境界もそもそもあいまいだ)も、既成分野にとらわれない視点と現状と実践ありきとい
う理解、そこに投資をする感覚をおしなべて持っているし、そこにお金がちゃんと動く環シス
テムがある。
 
2月の出張の機会に、元SHoPの同僚も多く教えるCCA(California College of Art)を訪ねて
みた。サンフランシスコ・ダウンタウンの南西、少し開発から取り残されたようなインダスト
リアルなエリアの街区をまるまる占める巨大倉庫を改造してキャンパスとしているデザイン系
カレッジだ。周辺はその広大な土地とダウンタウンとの距離から今開発圧力が最も集中しつつ
あるエリアで、Dogpatchと並んでArtyなクリエーターが好む静かなPotrero Hillの北に位置し、
今はまだうらぶれたインダストリアルな雰囲気が残っているものの、Uber本社の工事も近くで
進行中(設計はSHoP)であるなど今後10年で大きく変貌するはずだCCAはとりたててデジ
タル技術の導入に熱心な大学ではないが、それでもデジファブ施設やデバイスの数や環境、そ
うした教育ができる講師の数やリテラシーレベルなどは日本のトップの大学よりも大分先にい
る。Rapid Prototypingルームには自由に使える3Dプリンタやレーザーカッターがたくさん並
び、最近できたというHybrid LabにはArduinoや様々なデバイス、電気工作用の工具などがた
くさんの箱に詰め込まれて壁いっぱいに並び、その中で学科を横断したセミナーが活気ある形
で開催されていた。講師にもいろいろな大学や事務所でデジタル技術を開発的に扱っていた人
が多数いるし、地元の企業との連携も進められているという。ファブ施設をマネジメントする
人とよく話すのだけれど、結局はハードがそろったところでそれを使いこなせる人、それを使っ
て発展的な授業が組める人がいないと始まらない。そしてそういう人材は、ハードがある環境
でしか生まれない。どちらが鶏か卵かしらないが、このサイクルを生み出すのはそう簡単では
ない。
 
UC Berkeleyは全米でも理系のトップ大学の一つだが、Berkeleyの街としてもスタートアップ
企業に倉庫街の不動産を優先的に賃貸するシステムを導入するなど、大学の研究活動をベース
にした民間との連携やスピンオフを活用する街の活性化の試みも行われているようだ。
Stanfordとそのお膝元であるPalo Altoのダウンタウンも繁栄や活性化という点で不可分の関係
にあり、大学周辺には関連企業の事務所やカフェやホテルが集積し、Stanfordの場合は特にベ
イエリア中部地域の憧れといってもいいStanford Mall(高級ショッピングモール)などもあっ
て、さらには周辺の小中高教育のレベルが必然的に押し上げられる(大学教授や高学歴高収入
家庭が増えるから:全米でも最高評価の公立高校はPalo Altoとその近辺に多い)ことで地価が
上がり、地域の安全や生活レベルも押し上げられるという連鎖で、一流大学がおしなべて良い
(というと語弊があるかもしれないがあえて)エコシステムを多元的に生んでいる現実がある。
大学以外でも、以前あまり治安が良くなかった比較的家賃の安いエリアにクリエーターが流れ
込み、その居場所として雰囲気のいいカフェやレストランが増殖するという流れで、サンフラ
ンシスコ市内だとSoMaやMission、Dogpatchなど、それ以外でもBerkeleyやOaklandの一部
にもヒップなエリアが一部なりとも生まれつつある。ただ、いわゆる「味のある」おしゃれエ
リアはベイエリア全体でもそう多くはなく、数あるタウンシップの中心地はいわゆるアメリカ
のロードサイドのハリボテモール的な店(新しくはあるが)の集積という域を出ない。ITマネー
の中心地、Palo Altoですらメインストリートはちょっときれいなハリボテの街で、歴史がない
というリアリティーか、質感や雰囲気にこだわるカルチャーも建築もまだまだこれからという
状況だ。ただし、住宅街となるとその雰囲気や環境、統一感ある重厚な質感のクオリティは特
筆もので、いわゆる日本の高級住宅街のバラバラな感じとは比較にならない、街としての質を
維持している。田園調布や六麓荘のようなもともと意識の高かった高級住宅地が時とともに細
分化が進行し軒並み街並みとしての質の低下を防げずにいる中、むしろこちらの高級住宅地が
どんどん質を上げている、その社会的、制度的、経済的な背景はもう少し掘り下げてみたいと
考えている(次回へ続く)。

    サンフランシスコ市内のWe Work

    サンフランシスコ市内のWe Work


 CCAのRapid Prototyping Lab

 CCAのRapid Prototyping Lab


    CCAのKnowledge Center。ファブリケーションやさまざまな制作に関するアドバ
    イスをうけることができる。

    CCAのKnowledge Center。ファブリケーションやさまざまな制作に関するアドバ
    イスをうけることができる。


    CCAの新しくできたHybrid Lab。壁にはさまざまな工作器具や電子デバイスが並ぶ。

    CCAの新しくできたHybrid Lab。壁にはさまざまな工作器具や電子デバイスが並ぶ。


 Potorero Hillのカフェ

 Potorero Hillのカフェ

豊田 啓介 氏

noiz パートナー /    gluon パートナー