未来の建設業界を想う
2025.03.06
パラメトリック・ボイス 前田建設工業 綱川隆司
前回のコラムを入稿した直後に「ホンダと日産が経営統合」のニュースがありました。自身の
進路を建築か自動車かと迷う程度にクルマ好きであったので、私は複雑な思いで行方を見守っ
ていましたが、その後ご承知の通り2月に入って破談が報じられました。その後の報道につい
てはここで触れませんが、日本を代表する製造業でも舵取りがままならない不確実な時代、
と軽々にまとめるのも良くないと思い少し掘り下げてみます。
自動車業界が再編へと動く背景としては、技術革新と環境規制の変化が大きな要因と言われま
す。内燃機関からBEV(バッテリー電気自動車)への移行は、環境への消費者の意識変化に依
るところでもあり、実際路上でも走っている姿を目にする頻度が増えた気がします。自動運転
については最近あまり話題になっていませんが、これらの技術の進展により、開発費や生産設
備への投資が増大し、スケールメリットを追求するための再編が必要らしいです。「環境への
意識の変化」も各社が掲げた内燃機関廃止のマイルストーンを見直すなど経営者には難しい状
況ですね。いずれにしても中国メーカーの台頭とグローバル市場のニーズの変化が鍵になって
いると思います。
建設業を考えた場合、サプライチェーンが地域に密着していることや、複雑な法律・規制が海
外からの新規参入や買収の妨げになり、我々は今日も仕事が続けられているのかもしれません。
ただ私たちが取り組むBIMやデジタルファブリケーションが定着し難いところも同じ部分に理
由があると気づかされます。それらを考えるときにサプライチェーンの異なる企業間での技術
的な協力や情報共有の在り方が重要です。これは垂直統合とも水平分業とも言えるアプローチ
が必要なのですが、先述の建設業の固有の事情だけではなく、自動車の完成車メーカーが果た
したであろうリーダーシップを元請けの我々ゼネコンが果たせているのか、或いは未だに業界
にアインシュテルング効果の様なバイアスがかかっているのではという疑念を持ってしまいま
す。
またクルマの話ですが、水平分業戦略をとっていたフィスカー(Fisker)という新興自動車
メーカーが昨年破産した際には水平分業は失敗なのかと話題になりました。ここでの水平分業
とは、電気自動車をiPhoneのようにファブレスでつくることを指しますが、品質面で問題が
あったとされています。製造を外部のパートナーに委託し、自社はデザインやマーケティング
に専念するやり方ですが、製造コストを抑え迅速に市場に製品を投入することができます。
フィスカーの失敗の要因をAIに訊ねたところ、「垂直統合戦略をとるテスラやBYDは、サプラ
イチェーン全体をコントロールし、品質やコストを効率的に管理できるのに対し、フィスカー
はサプライチェーンのリスク管理が不十分でした。ただし水平分業戦略がすべて失敗するわけ
ではありません」とのことでした。
そういえば以前のコラムの中で「今後のBIMシナリオのマトリクス」の絵を描いていました。
そこでは縦軸に垂直統合と水平分散(分業)と横軸にプロジェクトのプロセスを置き、今後ど
こに注力するかを四象限に分けて考えていました。
今回の気付きを踏まえてこれを改めて描いてみます。建設業界は自動車など製造業とは異なる
地域密着の独自の複雑なサプライチェーンを持ち、ICTの適用やデジタルトランスフォーメー
ション(DX)が遅れている現状を考慮し、垂直統合(上段)と水平分業(下段)の二つのア
プローチを考えます。垂直統合は強者戦略として自社と関連するバリューチェーンとの最適シ
ステムの構築を目指すことが可能です。成功すれば大きな効果を期待できますが、リーダー
シップの質に大きく依存するのと市場変化への即時適応が難しいのがリスクかもしれません。
一方で水平分業は弱者戦略と言えるかもしれませんが、市場の変化に対して柔軟に対応できる
可能性があります。ただしサプライチェーン全体のコントロールが不十分な場合、深刻な品質
面でのリスクを含みます。横軸には、スマイルカーブにおける付加価値の高い川上(左方向)、
付加価値が高めにくい川中(中央)、そして再度付加価値が高まる川下(右方向)を設定しま
す。今回は六象限のマトリクスになりましたが、それぞれに特徴となる名前をつけてみます。
- 川上 × 垂直統合: イノベーションリーダーシップ
- 川上 × 水平分業: 協働的柔軟性
- 川中 × 垂直統合: プロセス最適化
- 川中 × 水平分業: コスト効率化
- 川下 × 垂直統合: 顧客重視
- 川下 × 水平分業: 市場適応力
これまでの取組としては川中の3と4をシャカリキにやってきた感じですが、より高い付加価値
を生む川上や川下に注力することも戦略としてはあり得そうです。また市場の変化或いは社会
環境の変化に追従するためには硬直化やサイロ化しない柔軟な対応力を備えた仕組みである必
要があると思います。
自動車メーカーは既に海外市場が主戦場であり、日本市場に軸足がある建設業はある意味護ら
れているような状況ですが、果たしてこの状況はいつまで続くでしょうか?
AIに「あなたが海外ゼネコンの経営者であるとして、日本へ進出する可能性はありますか?」
と尋ねてみたところ、「円安の影響で一時的に日本市場の魅力が低下しているかもしれません
が、日本は経済的に安定しておりインフラ整備や都市再開発などの需要が持続すると期待され
ます。以上の理由から今後海外ゼネコンが日本へ進出する可能性はあります」との回答でした。
円安は買収リスクもありますね。中国の建設会社はアフリカやアジアで多くの実績を持ち、低
コストやデジタルファブリケーションにも強みがあるので、資格や認可のハードルはあるとは
言え、M&A等によって日本市場で競合する未来もあるのでしょうか。