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コラム

ライフサイクルBIM9
〜OODA型FMと建物オーナーの現況BIM

2025.03.11

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

企画・設計から竣工後の運営・維持管理に至る建物ライフサイクル全体でBIMを活用する際、
竣工は建物情報の流れから見ると最も大きな不連続点だと言えるだろう建物が設計施工から
建物オーナーに引き渡されることが主な理由だと思うが、建物情報としてのBIMモデルに対す
る視点が、作るから使うに変わることが大きいのではないだろうか。
概念として建物情報が工程を横断して継承されていくとしても、実際には設計のBIMモデルと
施工のBIMモデルは別モノだという議論があるのと同様に、FMのBIMモデルも設計や施工の
BIMモデルを簡単に流用できるわけではないFMのBIMモデルを構築する際建物ライフサイ
クルにおけるフェーズの変わり目とBIMモデルの視点の変化を考慮しなければならないと改め
て思う。

FMは経営戦略に基づきファシリティの企画・管理・活用を実施するPDCA(Plan, Do, Check,
Act)サイクルを基盤とした継続的な建物運営の改善活動とされる。改めて書くまでもないが、
PDCAの主目的は業務改善であり計画を実施し評価した上で改善を行う手順を取る。FMの中
でも維持管理等の領域ではPDCAサイクルの適切な実践が建物性能を確保する。一方、近年の
事業環境や経営方針の急速な変化に建物の姿を適応させるには、よりスピード感のある意思決
定プロセスが必要となる。
一般的にPDCAが顕在化した課題を中長期的な視点で解決していく手法であるのに対し、急速
な変化に即応する意思決定プロセスとして、近年OODA(Observe, Orient, Decide, Act)が注
目されている。PDCAが計画から始まるのに対し、OODAは観察を初めに行い、状況判断、意
思決定を経て行動し再度観察に戻るというループで構成される適正なプロセスの構築と改
善を目的とするPDCAに対し、OODAは意思決定を目的とし、状況に応じた迅速な判断と行動
が求められるシーンで有効とされているとはいえ業務改善でも最初に現状把握と課題抽出
を行なってから改善計画を策定することが多く、PDCAとOODAは相反するものではなく、ほ
とんどの場合状況に応じて意識的・無意識的に使い分けられているのではないかと思う。

運営・維持管理において建物は、その状態や性能を適正に保持されるとともに、ツールとして
事業の要望や変化に即応して適正な事業環境に姿を変えなければならない。そのための手法の
一つとして、ライフサイクルBIMでは建物の現在の状態を現す建物情報を現況BIMモデルとし
て整備し維持管理をはじめとする各種のFMで建物基本情報として利用する現況BIMは改修
や模様替えといった工事に伴う設計の基盤データとしても利用され、建物の変化に対する情報
管理コストを低減する。工事によって変更された箇所は、最適なデータフローによって円滑か
つ正確に現況BIMに反映・現行化されなければならない。
FMは大きく経営のFM、管理のFM、日常業務のFMに大別されるが、そこでは関わる組織や人、
必要とする建物情報の種類と粒度が異なるものとなるそのためFMで活用する現況BIMモデ
ルを整備する際、BIMの適用領域と目的や範囲を明確にし、FMとして必要な情報項目を
EIR(Employer Information Requirement)として明文化することが重要となる。さらにモデ
ル化対象となる部位・機器と属性情報項目を選び、LOD(Level of Detail)やLOI(Level of
Information)を決定していく。

現況BIMから点検・診断対象の部位・機器を抽出し、年間を通して一通りの点検と診断を行っ
たのち、建物の改修・修繕といった整備計画を策定し実施する、といった建物維持管理は
PDCAサイクルに沿ったものと言える。一方、故障や障害への対応については迅速な状況把握
と対策立案が求められることから、OODAの手順に沿った意思決定が適しているよう見える。
建物をオーナーやユーザーの事業やアクティビティのためのツールとして見ると、建物の状況
が事業に影響を及ぼしたり、事業環境や経営方針の変化が建物の姿に影響を与えたりすること
がよく分かる。情報通信施設やデータセンターを例とすると、通信装置やICT機器導入の際、
数量や性能諸元といった条件により、どのスペースが設置可能であり、電源や空調の容量と能
力は不足していないか、耐荷重性能に問題はないかといった状況を把握し、運用環境の整備・
提供期間とコストを求め、実施判断またはクライアントに提示する。このようなシーンにおい
ても、最初に建物の状況と要件を観察し、状況判断によって実施内容を意思決定ができる状態
で提供するOODAは有効だろう。情報通信施設やデータセンターに限らず、生産施設、物流施
公共施設等々の建物運営・整備において中長期的な計画に基づく建物整備計画とは別に、
突発的に発生するイベントへの対応が必要となるシーンは少なくないと思う。

OODAに基づくFMを実践する際建物の状況を把握する手段の一つとして現況BIMは重要な基
盤情報の一つと位置付けることができる。しかし、建物ライフサイクルマネジメントのサービ
ス提供側に加え、建物オーナーやユーザーを含めたステークホルダーが多くなればなるほど、
共有する現況BIMモデルに求められる情報項目の組み合わせは多種多様となる。したがって、
現況BIMは単に関係者が必要とする建物情報を集約・統合したものではなく、必要な情報の参
照・利用項目がグループ化され、さまざまな情報項目セットをそれぞれの立場と目的で利用で
きなければならない。同時に建物情報を共有・交換するハブとして、関係者間のコミュニケー
ションと協働の場となる必要がある。
ISO19650-3では、建物の運用フェーズにおいて「アセットに関する新規または更新された情
報が生成または要求されるイベント」をトリガーイベントと呼ぶ。調査、検査、保守、修繕、
改修……といったトリガーイベントは予測可能なものと予測不可能なものに大別され、継続的
連続的に発生するさまざまなトリガーイベントに応じてISO196590-2に基づく各種の情報マ
ネジメントが行われる。建物ライフサイクルマネジメントにおいて発生する可能性のあるトリ
ガーイベントを列挙しそれぞれが必要とする情報項目をグループとして定義することで
況BIMは各トリガーイベントで参照・変更される情報を明確化する手段にもなり得るのではな
いだろうか。

FMのためのBIMモデルが建物オーナー・ユーザーの事業に対してもプラス側の価値をもたら
すようになれば、建物オーナー・ユーザーが現況BIMモデルの構築・整備コストを全部または
部分的に負担する動機につながると思う現況BIMを基盤とするFMのBIMモデル運営・維持
管理のBIMモデルがこのようなものとなれば、建物ライフサイクルマネジメントにおけるBIM
は工事やFMに依存しない、独立したビジネスとしても成立する可能性がある。そのためには
建物オーナー・ユーザーが建築の専門知識がなくても自身の事業のために自身の手でBIMモデ
ルを参照・活用できる建物情報基盤やUIの実現も課題となる。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター