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コラム

建築のデジタル環境(だけでもない)に関する
アメリカ西海岸の動向(3)

2016.05.12

ArchiFuture's Eye                  ノイズ 豊田啓介

さて、前回に引き続きベイエリア【後編】です。

前編の最後で高級住宅街の質がどんどん高まる傾向にあると書いた。現在ノイズでとある個人
住宅の設計を進めているAthertonという街もその最たるものの一つで、ここ数年全米で居住者
の納税額No. 1自治体の地位を維持している緑豊かな高級住宅街だ。ベイエリアでいわゆる
Billionaireが多く住む町として知られるのはAthertonのほかにWoodside、Old Palo Altoなど
があり、それぞれに固有の傾向がある。Old Palo Altoは文字通りPalo Altoの中心街(旧市街)
にあたり、一戸あたりの区画は比較的小さいが単価は最も高く(1000平米程度の、このス
テータスにしては「小さな」区画でも、立地にもよるがまず土地だけで10億円は下らない)、
ステータスもそれに伴って高い。一応都市の市街地にあるということからか上記3か所の高級
住宅街の中ではいわゆる現代建築率が高く、そこにシアトルあたりの有名設計事務所が跋扈し
ている。テック企業隆盛のおかげで最近は際限なく土地が値上がりしているから、転がすだけ
でも数億の利益が出るようなケースもよく耳にする。それに比べてAthertonは緑豊かな平坦
な土地に整然と区画された住宅街(単独の自治体)で一区画は平均でも2エーカー(約8000
平米)以上あり、中には10エーカーをゆうに超える土地に城郭のような邸宅を構えている
(文字通り門から家が見えない)区画も多くある(Google Mapで見てみると、平均収入の違
いが区画の大きさや整然さ、緑の多さである程度判別できて面白い)。庭には1000平米程度
の趣味のワインをつくるためのぶどう畑が並び、もちろん裏庭のプールは東京の洗濯機並みに
は必需品だ。都市型で囲いを設けない家が多いPalo Altoに対して、こちらはしっかりとした塀
と門とで囲われた区画が多い。一方、緑深い丘の上に閑散と広がるWoodsideは、環境維持の
ため街灯の設置を認めないというくらい住の質にうるさい街で(夜は本当に真っ暗なので運転
には動物をはねないように細心の注意がいる)、街とはいえ日本人の目には国立公園か何かに
しか見えない。ここでは広大な森や丘に囲まれて牧場を持ち(あくまで住宅地)、数エーカー
にもなるブドウ畑を維持することがステータスで、面積単価としては劣るもののやはり一区画
で10億円は下らないという点でも庶民の住む街でないことは前者以上だ。庶民が住めないのは
単に価格だけではない。ぽっと出の金持ちなど受け入れないという気質にあふれた閉鎖的なコ
ミュニティとしても有名で、ジョブスやザッカーバーグですらなかなか建築許可がもらえな
かったように(実際ジョブズはここで数区画をまとめて購入して終の棲家を建てようとしたも
のの、地区委員会の反対に会い建築許可が下りないまま無念のうちに他界した)、とても保守
的なWASP上流社会がいまだベイエリアの本質だったりする。Stanford大学の脇をはしる
Sand Hill Roadは全米有数のVCが立ち並ぶことで知られた通りで(ここのオーナー達が上述
の住宅街やナパバレーに並ぶ豪邸のオーナーでもある)、ベイエリアでヴェンチャー企業を立
ち上げるにはこの通りに足繁く通うことが通過儀礼なのだそうだ。各タウンシップにあるクラ
ブハウス(ただのゴルフ場のレセプションではなくて、いわゆる地域の名士の社交クラブ)や
そこで繰り広げられる社交の世界はまさに映画で見るようなアメリカ上流カルチャーで、その
あたりの雰囲気や力学、洗練も理解しないとベイエリアでの大きなビジネスは難しい。ちなみ
に、そうした世界を面白おかしく描いたシリコンバレーというコメディドラマのキャラクター
描写が絶妙で、一度見始めるとハマる。
 
SFのダウンタウンの北側、フィッシャーマンズワーフ近くの観光客が行き来する港湾エリアの
一画に、Pier 9という巨大な埠頭建築が残っている。この巨大で細長い建造物の半分を占拠す
る形で、AutodeskがR&D拠点として運営する、その名もPier 9という施設がある。いわゆる
デジタルファブリケーション施設を、今流行の個人向けの小型機械のみならず、産業用の巨大
な工作機械やバイオやケミカル、さまざまな加工機械に至るまで圧倒的な物量とスペースで備
えたリサーチ施設で、これをAutodesk社が単独で運営している。地元のアーティストやデザ
インスタートアップを15週を一単位として受け入れて、作品制作にハードウェア、ソフトウェ
アを提供するアート・デザインのインキュベーション施設として機能するほか、Wet Labとい
うDNAの研究チームをはじめ多様な研究者や専門家を招聘し多様な実験機会を提供して、その
過程に関わることで自社ソフトの開発へのフィードバックやマーケティングバリューを間接的
に引き出すなど活動は建築やアート以外にも広がっている。これまでの囲い込み型ビジネスの
イメージが強かったAutodeskの方向転換を強力に印象づける、象徴的な施設となっている。
単独で利益を生むことは目的としていない(一応一部VCの資本も入っているが、それは主に
ここから生まれる新しい事業に対する優先交渉権とビジネスサポートに対してだという)
Pier 9だけでも150人規模の人が働いていて(2015年訪問時)、開発やリサーチという目的が
あるとはいえ、直接的なリターンの計算できない組織・施設にかける人材と組織、予算の規模
は日本の企業運営の常識を超えて圧倒的だ。Pier 9のほんの数ブロック先、Market St.にある
本社2FのAutodesk Galleryでも、毎月のテーマイベントや関連プロジェクトの意欲的な展示
などを定期的に開催し、広い専門の展示スペースに加え積極的なキュレーションとイベントオ
ペレーションを行う10人規模の専門チームを常設している。ほとんどのイベント(DJやドリ
ンクも当然充実している)やレクチャーは無料で、当然こちらも直接利益を生む事業ではない。
コミュニティに、社会に産業に貢献するプラットフォームを提供し、そこに生じる多様なニー
ズのトラフィックができるだけ大きく自らの中を通過するような仕組みをつくる(仕組み自体
はどんなに投資額が大きくても、単独で利益を生むことは求めない)ことでマーケットを取る
という、今のオープンカルチャー・ビジネスの実践がここにはある。インターネットを基礎と
したネットワークの複雑度がある分水嶺を超えたころから、従来型の囲い込み型ビジネスでは
マーケットは牛耳れなくなった。それは単純にすべてを囲い込むということが情報の質的にも
量的にも不可能になったからであり、どんな大企業であろうとオープンなネットワークの開発
力に太刀打ちできなくなるという、新しい社会構造の質の変化による。大きく惜しげもなく開
く(もちろん閉じる部分は徹底的に閉じるが、そのノウハウも当然新しくなる)というこの感
覚が日本企業にはどうにも難しい部分のようで、真似ができない同士の仲間うちでの牽制に終
始しつつ、どんどん最先端との差がついていく部分でもある。新しい知識と感性はプラット
フォームに寄ってくるクリエーター達が勝手に持ち込んで育ててくれるから、大企業は彼らが
集まりやすく生きやすいエコシステムの開発・提供に注力する。これが鍵だと思うのだけれど、
「ものづくり」から「ことづくり」へとか、まあ言うのは簡単だよねと言われればそれまでだ。
Autodeskはボストンにも類似の施設を用意している(そしてボストンはアメリカのテックベン
チャーのもう一つの核、MITやハーバードのお膝元だ)。戦略的にクリティカルな拠点に集中
して、圧倒的なイノベーションのためのプラットフォームを自前で作るビジョンと行動力、あ
えて短期的囲い込みに走らずに済む余裕を見せられると、ああこれからもっと強くなるなあと
感じる。
 
では、建築実務でのBIMやCADの普及具合はどうだろう。例えばBIMに関しては、大企業は別
として、日本に比べてそこまで劇的な普及度の差はないように見える。今でも小規模事務所の
作業の基本はAutocadだし、パラメトリックやプログラミングはもとより、BIMを使いこなす
ような小規模事務所ですらまだ少数派のようだ。とはいえ、導入にあたっての抵抗感は日本に
比べて限りなく低い。どの事務所にも大学で複数の最新のソフトウエアを使いこしてきた若い
設計スタッフが普通にいるから、仮に事務所としてまだBIMや最新のモデリングソフトを導入
していない場合でも、プロジェクトに応じて抵抗なく導入、対応が可能な状況にある。日本と
は人材と教育という基礎部分が大きく違う。ノイズのAthertonのプロジェクトでも、時差や地
理的な距離を考慮し全てをRevit+Dynamoベースで設計を進めているがローカルアーキテク
トや構造事務所現地で施工を請け負ってくれる事務所はどこもプロジェクト開始時点でRevit
は未導入だったものの、こちらからの要請に基づいて早々に導入し、その後も十分に使いこな
していてコミュニケーションも順調だ。僕自身も海外出張が多くオフィスを離れることが多い
中、関係者からのアップデートがクラウド上のマスターモデルで常時更新され、どこにいても
最新の3Dデータとしてチェック可能で、かつ3Dモデル上で(二次元図面に落とすことなく)
コメントや改変などを加えていけるというのは、特に複雑な形状になるほど効率がいい(逆に、
新しい環境が複雑な形状を一般解化しているともいえる)。以前だとせっかくパラメトリック
に設計を進めていたとしても、出張先や設備の整っていない環境では結局二次元情報に落とし
てPDF化、プリントできる環境(大抵はホテルの高いビジネスセンター)を探してプリント>
ペンで赤入れ>スキャン(写メ)などという極めてアナログで無駄な手順を踏まねばならない
ことが多かったが、特にiPad Proのある今ではネットが繋がる限り空港であれ旅先のカフェで
あれ離散的に効率的な仕事ができる。

ベイエリア出張で少し時間が余ったら、Googleの城下町Mountain Viewにあるコンピュー
ター・サイエンス・ミュージアムを訪ねてみることをお勧めする。IBMのルーツとなった機械
式人口統計機から最近のマニアックなゲームの実機展示まで、圧倒的な物量と情報量で満たさ
れていて、まだなかなか書籍では体系的に学べないデジタル技術に関する歴史が生き生きと展
示されていてかなり面白い。かつ、いわゆるテック系オタク(ギーク)を揶揄しながらも、そ
の存在を自信と愛を持って認めるカルチャーを感じておくことも大事だと強調しておきたい
(むしろギークが社会を切り開いてるだろ!というプライドにも似た感覚というか)。ちなみ
にこのミュージアムはGoogle関連の施設が立ち並ぶ一画にあるものの特にGoogle単独の寄付
で運営されている訳ではない。その他SF市内にも自然科学関連の展示が充実したミュージアム
いくつかある(Exploratorium、California Academy of Scienceなど)ので、時間があれば
ぜひ訪れたい。もし偶然知人がテスラを購入したりしていたら、購入者はKUKAのロボット
アームで埋め尽くされた最新のテスラの工場を見に行ける特典があるからぜひ同行して見てお
きたい。
 
デジタル環境とは無関係だけれど、NFLやMLBなどの最近のスタジアム建築も見ておくと面白
い。特にちょっと無理をしてでもVIPエリアが必見だ。こうした施設はスタジアムと言いつつ
も、前提としてホテルでありクラブであり、上流社会がビジネスを回すための社交施設なのだ。
高級ホテルのロビーのようなVIPレセプションとダイニング、応接や会議のための施設こそが
主要機能で、実はグラウンドや一般客のスタンドのほうが付随的という本末転倒な現実が見え
てくる。全米のMLBやNFLのスタジアム、ヨーロッパの主要サッカークラブのスタジアムが軒
並み建て替え・巨大化の方向に進んでいるのは原則として同じパラダイムシフトに基づいてい
て、むしろそうしたVIPクラブ機能がなければスタジアムとして意味がないくらいの経済原理
に基づいている。そういう意味では新国立競技場の当初案のプログラムも、世界のマーケッ
ト・トレンドという視点ではあながち間違いではなかったのかもしれないが、ヤンキースや
アーセナルのようなスーパークラブが本拠にするわけでもない国立の施設でそれが本当に必要
か、東京という社会的感性の中でそうした欧米的社交施設が本当に機能するのか等の検証や
(おそらく同じようには機能しない)、それらが現代のスポーツ施設でなぜ、どの程度、どの
ように必要なのかの分析や説明などは全くされていないようだし、おそらくは表面的な類推か
ら並べただけのリストではなかったか。その他どさくさで加えられたとしか思えない付帯施設
や機能も含め、やはり現代スタジアム運営が経営視点で分析できるプロ、世界のスポーツ市場
のプロで同時に日本の現実にも通じた人物もしくは企業が施設要件設定チームにいなかったと
いうのが、根本的な問題なのだろう。世界のマーケットがわかる人材の不足は、どこの業界で
も喫緊の問題のようだ。

イーストベイ(ベイエリア東岸)も、ベイエリア全体の経済の活性化に連動して元気になって
いる。廃れた都市というイメージの強かったOaklandもまだ治安のよくないエリアは多いもの
の、ダウンタウンのLake Meritt周辺やPiedmont Ave.周辺にはおしゃれなストリートなども出
現しつつあるし、サンフランシスコ湾を見下ろす丘の上のほうでは高級住宅地化も進んでいる。OaklandやSan Leandro、Fremontなどのイーストベイ沿いの街から一山超えた谷沿いには、
Walnut CreekやDanville、Dublinなどの小さな郊外型の街が並び、西部劇に出てくるような
乾燥したランドスケープに囲まれて、青々とした芝が続くゴルフ場と一体開発されたGated Communityと呼ばれる中上流向けの宅地開発が点々と並んでいる。これらの開発は乾燥した
大地を人工潅水で緑地化して生活環境と不動産価値を維持しているから、近年干ばつが死活問
題化しつつあるカリフォルニアではその存続に疑問符も付きはじめている。先進的なエネル
ギー行政で知られるカリフォルニア州には建築関連でもエネルギー保全に関する独特な条例が
いくつかあるが(建物の総立面積に対するガラス開口率の制限など)、日本でいうと逆緑地率
とでもいうような、面積当たりの緑化許容量(カリフォルニアの緑化はどうしても人工潅水が
前提になるから緑地面積=水の利用量でもある)が制限される、ひいては天然芝は認めないと
いうような条例が現実になる日も近いかもしれない。それでも、やはり住宅にはプールは必須
のようだし、無意味に巨大で力強いピックアップトラックの人気も衰える様子は見えない。
なんでもUber化が社会を変えているとはいえ、シェアリング・エコノミーも水不足の解決には
至っていない。

ちなみに、もし自分で運転しているなら、イーストベイを超えて580号線を東へ、Tracyに向
かって車を走らせてみるといい。アルタモント峠の広大な乾燥した大地に数千もの巨大な風車
が並び、ぐわんぐわんと風を食み続けている圧倒的な光景を見ることができる。カリフォルニ
ア州は全米でもテキサスに次ぐ風力発電先進地(発電量ベース)で、2013年時点で総発電量
は5,830MW、日本全土の総発電量1680MWをはるかに凌ぐ(それでも割合としてはカリフォ
ルニア州の発電量の3%ほどでしかなく、割合ベースでは全米トップ10にすら入らない)。
もちろん機能があってのものなのだけれど、僕はこの峠の光景以上に興奮するアートインスタ
レーションを見たことがない。

 Athertonでも「最も小さな区画の」住宅

 Athertonでも「最も小さな区画の」住宅


       Pier 9外観

     Pier 9外観


 Pier 9を貫く搬入路。この右側半分がAutodesk社の施設。

 Pier 9を貫く搬入路。この右側半分がAutodesk社の施設。

豊田 啓介 氏

noiz パートナー /    gluon パートナー