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コラム

BIMはドジャースに聞け!

2025.11.27

パラメトリック・ボイス
              
              Unique Works 関戸博高

米国のプロ野球チーム、ドジャースがワールドシリーズで2年連続優勝し、そのいずれもが稀
に見る面白いゲーム展開だった。一方で二転三転するゲームを見ながら、このプロフェッショ
ナルなチームを支えている組織運営には、プロジェクトマネジメント、特にBIM推進組織に応
用できるヒントがあるのではないかと思った。


それとともに、昨今話題の「人的資本経営」で語られる、従来の「メンバーシップ型雇用」の
限界や「(単純なJob型ではない)動的な人材ポートフォリオ」(注1『人材版伊藤レポート
2.0』)への視野拡張の必要性も感じた(野球を観ながらこんなことを考えてしまうのは一種
の職業病に違いない)。

(注1)『人材版伊藤レポート2.0』 

この話の詳細に入る前に、プロジェクトマネジメントやBIMマネージャーについて、あらため
て概観しておきたい。

1. プロジェクトマネジメントとBIMマネージャーをめぐって
① 建築技術者とBIMを使ったプロジェクトについて話しをしていると、往々にして BIMの技
術やソフトウェアの話に限定されがちである。BIMを扱う技術者が若い人が多く、組織や経営
の問題に関わっていないせいかも知れないが、それは学校または企業の技術者教育の欠陥では
ないだろうか。
Mark Baldwin著 『The BIM Manager:BIMプロジェクト管理のための実践ガイド』(注2)
で繰り返し語られているのは、BIMを効果的に導入・活用するには、テクノロジーだけに頼る
のではなく、適切なプロセスや仕組みを整えることが重要だということである。つまり、「組
織は(BIMの)実装のあらゆる側面(オペレーション、プロセス、テクノロジー、人員)で前
進する必要があります。古いプロセスに新しい技術を適用しようとする人々は、困難な戦いを
強いられるでしょう」(p104)。

②ArchiFuture Webのコラム(注3)においても、何人かの方がこのテーマについて、それぞ
れの立場から書かれている。私もBIMの組織マネジメントについて、ペンシルバニア州立大学
の『BIM Project Execution Planning Guide』(注4)やPMBOK(注5)に触れながら書い
たことがある。

(注2)Mark BaldwinThe BIM Manager:BIMプロジェクト管理のための実践ガイド
(注3)ArchiFuture Webのコラムより
   ・猪里孝司 建築BIMの時代18 BIMマネージャー再考 (2022.08.04)
   ・関戸博高
    『「プロジェクト・マネジメント」が必要な日本のBIMの行く末』 (2023.12.21)
    『BIMとプロジェクトマネジメントとArchi Future 2024と』 (2024.11.28)
   ・吉原和正 『BIMの理想から現実へ~BIMのあるべき姿とは?~』(2024.11.19)
   ・大西康伸 『BIMと社内文化』 (2025.05.29)           
(注4)ペンシルバニア州立大学が提供する『BIM Project Execution Planning Guide』は、
    BIM導入を成功させるためのプロジクト計画手順書。目標設定モデル用途の選定
    プロセス設計、情報引き渡し定義、インフラ構築の5段階で構成され、チーム全体の
    連携と早期計画の重要性を説く。
(注5)PMBOK(ピンボック)とは、
    プロジェクトマネジメントに関する知識を体系的にまとめた、世界標準のガイドライ
    ン。 正式名称は「Project Management Body of Knowledge」(プロジェクトマネ
    ジメント知識体系)の頭文字をとった略称で、アメリカの非営利団体であるPMI(プ
    ロジェクトマネジメント協会)によって策定。 注2と注4の書籍は、このPMBOKを
    前提に書かれていると思われる。

2. 日本のBIMガイドラインとプロジェクトマネジメントのギャップ
また、国交省の『BIMガイドライン(第2版)』(2022年3月公表)において、私が見る限り
では「プロジェクトマネジメント」について明確な定義づけは無く、「ライフサイクルコンサ
ルティング業務」という言い方で、以下のように記載されている。
  「ライフサイクルコンサルティング業務とは、建築生産プロセスだけでなく、維持管理や
  運用段階も含めたライフサイクルを通じ、建築物の価値向上のために発注者を支援する業
  務です。考えられる担い手(主体)はPM(プロジクトマネジメント)/CM(コンス
  トラクションマネジメント)会社、建築士事務所(設計事務所、建設会社設計部など)、
  不動産鑑定士事務所、建設会社LCM(ライフサイクルマネジメント)/FM(ファシリ
  ティマネジメント)推進部、FMコンサルタント、資産・施設・不動産の管理会社、設備
  施工会社など、様々ですが、当然ながら各プロジェクトの特性などに応じて様々な主体が
  担い、また兼務することも想定されます。円滑かつ迅速な協働を行う上で、ライフサイク
  ルコンサルティングの役割は重要であり、建築生産や事業運営、運用、維持管理に対する
  広範な知識と関係者間の調整を行う能力と力量が求められます。」
これでは「新しい酒でも古い革袋に入れておけば良い」と言っているようで、先の 『The
BIM Manager』とは、全く逆のようなことを言ているように思える。すなわちBIMを契機
にプロジェクトの進め方そのものを見直すというより、「従来の枠組みの中にBIMを押し込め
ておく」印象が否めない。
さらに2025年3月公表の『BIMを通じた建築データの活用に関するガイドライン Ver.1』 にお
いても、BIM推進の中心的存在であるBIMマネージャーを「建築生産プロセス全般において、
BIMデータを一元管理する主体」と定義しているのみである。
現状は検討中で、いずれもっと明らかになっていくのであろうが、プロジェクトマネジメント
に関する指針としては、靴の上から足をかいているようで先が見えてこない。ただし、こう感
じてしまうのは私が目にしてきた報告書の範囲が限られているからかも知れない。もし他に有
益な報告書があれば、ぜひ教えていただきたい。

そこで自分なりに「プロジェクトマネージャーとBIMマネージャーの役割比較表」を作成して
みた。

3. プロジェクトマネージャーとBIMマネージャーの役割比較
表1では、PMBOKの枠組みを前提に、プロジェクトマネージャーとBIMマネージャーの「目
的」「範囲」「責任」「関係」「最も重視するもの」を対比している。ここでは、PMがプロ
ジェクト結果(優れた建物)を最重視するのに対し、BIMマネージャーはデータ結果(連携可
能な構造化された情報)を最重視する、という対比がポイントである。

 <表1:プロジェクトマネージャーとBIMマネージャーの役割比較表>

 <表1:プロジェクトマネージャーとBIMマネージャーの役割比較表>


(注6)PMBOKの「5つのプロセス」とは、
    ⑴立上げで目的と体制主要ステークホルダーを定め⑵計画で範囲スケジール
    コスト・品質などを具体化。⑶実行で作業と調達を進め、⑷監視・コントロールで進
    捗や変更・リスクを管理し、⑸終結で契約と成果物・教訓を整理して正式にプロジェ
    クトを閉じる流れを示す。
(注7)PMBOKの「10の知識エリア」とは、
    ⑴統合、⑵スコープ、⑶スケジュール、⑷コスト、⑸品質、⑹資源、⑺コミュニケー
    ション、⑻リスク、⑼調達、⑽ステークホルダー管理で構成される。プロジェクトの
    立上げから終結まで、何をどこまで、いつまでに、いくらで、誰と、どんなリスクで
    進めるかを整理・管理するための包括的な枠組みである。

4. ドジャースの組織運営とBIM推進組織
さて、ドジャースの組織運営とBIM推進組織についてだが、書こうと思った理由は次の3点で
ある。           
①今まで仕事上多くのプロジェクトを経験してきたので、うまくいった場合のチームの組織構
成を何らかの形で一般化したいという思い(長い間ズーと続けているが道半ば)があるから。
②私が見聞きする範囲にすぎないが、幾つもの企業において有効なBIM推進組織が作れていな
いと思っているから。
③プロの選手が野球を楽しんで、尚且つ連続優勝をするチームには、きっと何かヒントがある
はずだから。また、そこには従来の「メンバーシップ型雇用」とは違う組織原則がありそうだ
から。
 
そこでドジャースのチーム情報をかき集め、またAIにも手伝ってもらい、BIM推進組織と野球
チームとの比較表を作ってみた。
表の解説を簡単にすると、ドジャースの素晴らしいプレー(第7戦の最終回の守りを思い出し
て欲しい)や明確な役割分担、データを基盤としたチーム運営を、BIM推進組織に重ね合わせ
てみた。これによりBIM関係者一人ひとりが担うべき役割や求められる連携のイメージを掴む
ことができる。
例えば、監督やコーチ陣がチーム全体を統括して戦略を立てるように、BIMマネージャーは全
体の方針を示し標準化を進める。アナリストがデータに基づいて戦術を提案するように、BIM
コーディネーターはプロジェクトごとにモデルを調整し、各専門メンバーが最適に力を発揮で
きる環境を整える。選手がポジションごとの役割を理解し、チームのために動くのと同様に、
モデラーや各担当者も自分の役割を意識しつつ、チーム全体の成果を最優先に考える。
こうしたスポーツチームの組織づくりを参考にすることで、BIM推進体制の構築やメンバーの
役割認識が、イメージとともにより具体的になり、組織全体のパフォーマンス向上につながる
ことが期待できる。

5. BIM推進組織と野球チームとの比較
表2では、発注者/事業主を「球団オーナー」、BIMマネージャーを「監督」、BIMコーディ
ネーターを「各コーチ」、モデラーを「選手」になぞらえさらにCDE(共通データ環境)管
理、クラッシュ検出、品質監査、データアナリティクスなどを、スコアラーやデータアナリス
ト、審判団、フロントオフィスに対応づけている。ここで伝えたいのは、野球チームが「役割
の明確さ」と「データに基づく意思決定」を前提にしているように、BIM推進組織もまた、

•  目的と資源(ヒト、モノ、カネ、時間、データ)を決める「オーナー的存在」
•  戦略と標準化を担う「監督」
•  プロジェクトに戦術を落とし込む「コーチ」
•  データ基盤を整備する「アナリスト/スコアラー」

といった役割をきちんと設計しない限り、本当の意味で機能しないのではないか、という問題
意識である。もちろん企業規模により、この辺りの編成は様々になるであろうが、本質的な役
割は変わらないはずである。
今回はここまで。

 <表2:BIM推進組織と野球チームとの比較表>

 <表2:BIM推進組織と野球チームとの比較表>

関戸 博高 氏

Unique Works     代表取締役社長