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コンピュテーショナルデザインとデザイン思考
2025.12.25
パラメトリック・ボイス
コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 杉原 聡私事ながら、筆者は今夏に「建築のコンピュテーショナル意匠デザインにおけるアルゴリズ
ミックな形態生成方法論」と題した博士論文を池田靖史先生の指導のもと提出して東京大学に
て博士号を取得した。
そこで参照した主要な論文の一つにRivka Oxman(Nuri Oxmanの母。イスラエル工科大学で
教鞭を執ってきたが残念ながら今年3月に逝去された。ちなみにNuri Oxmanの父Robert
Oxmanも同大学教授)による”Thinking difference: Theories and models of parametric
design thinking”*1 があり、そこではコンピュテーショナルデザイン(特にパラメトリックデ
ザイン)が、1980年代より設計の過程の解明を試みてきたデザイン思考の潮流の上にどのよう
に体系化されるかが記されている。
今回のコラムではコンピュテーショナルデザインとデザイン思考の関係に着目しつつ、この論
文を紹介する。
まず、デザイン思考の初期の流れを以下に記す。
初期のデザイン思考:1982年のNigel Crossの論文”Designerly way of knowing”*2 は科学や
人文と異なる、デザイン活動における独特の認識、思考様式を示し、デザイン思考の礎となっ
た。デザイン活動においては、科学や工学におけるような形で問題を明確に定義できないこと
が多く、問題の明確化と解の探索が同時に進行する。その設計過程では、スケッチや模型によ
るプロトタイピングを積極的に行う設計行為、その良し悪しを判断する省察、そしてそれを
より良くするための改良の三つのフェイズが繰り返される。
省察的実践:1983年のDonald Schon の書籍”The Reflective Practitioner:
How Professionals Think in Action”*3 において、省察的実践(reflective practice)は、行動
と結果の関係から知を獲得する哲学者John Deweyの反省的思考*4 に基づく専門家の実践知
識獲得過程を意味する。専門的知識を持つ専門家の実務は、言語化された知識によってだけで
なく、現場で蓄積された言語化できない知識(knowing-in-action)によって可能となり、後者
の知識は、実践の最中に状況に応じてどうすれば良いかを行動しながら考える行動の中の省
察(reflection-in-action)と、実践の後に文脈や問題設定や実践者の役割などの枠組みも含めて
結果を捉え直して考える、行動の後の省察(reflection-on-action)の反復を通じて獲得される。
この文脈の上に、Oxmanは以下のコンピュータを用いた建築設計の方法論を位置づける。
初期のCAD におけるデザイン思考:1990年の書籍”The Electronic Design Studio:
Architecture, Media and Knowledge in the Computer Era”*5 に挙げられるような、初期の
CADを用いた設計が広まった時代には、研究レベルでは設計支援システムや生成システムが提
案され、コンピュータによって初めて可能になる設計過程が追求されたが、実務レベルでは
CAD導入後も設計過程は従来のスケッチ、省察、改良の繰り返しとさほど変わらず、スケッチ
がCADに置き換えられた形となっている。しかしCADにより二次元や三次元、詳細度、表現様
式など表現の自由度が高まり、そのフィードバックが省察を助けるようになった。
人工知能と知識ベースデザイン:1980~1990年代には、Rivka OxmanとJohn Geroによる論
文”Using an Expert System for Design Diagnosis and Design Synthesis”*6 のように、研
究レベルの試みではあるが、設計の知識をルール化して人工知能のエキスパートシステムに組
み込み、コンピュータに埋め込まれた知識による省察や評価と、改良や生成の自動化、または
対話的支援による新たな設計過程が追求された。
コンピュテーショナルデザインとアルゴリズム思考:2000~2010年代には、コンピュテーショ
ン技術の進歩により、Mark Burryの書籍”Scripting Cultures: Architectural Design and Programming”*7 や、Casey ReasとChandler McWilliams編集の”Form + Code in Design,
Art, and Architecture: Introductory book for digital design and media arts” *8 (余談な
がら、筆者のMorphosis時代の作品も本書に掲載されている)に記されるように、スケッチや図
面よりも設計のルールであるアルゴリズムが設計者の取り組む主要なメディアとなり、その実
行結果の表現とそのアルゴリズムとの関係性から設計者は省察を行ってアルゴリズムを改良す
る。また、Achim Mengesの論文”Integral Formation and Materialisation: Computational
Form and Material Gestalt” *9(またも余談ながら、この論文が発表された2007年の会議Manufacturing Material Effects: Rethinking Design and Making in Architectureを筆者は
聴講して初めてMengesやGramazio Kohlerの研究を目の当たりにし、強い衝撃を受けた) や、
Nuri Oxmanの論文”Templating Design for Biology and Biology for Design”*10 のように、
材料の性質を設計のルールに組み込んでその性質を積極的に利用したり、デジタルファブリ
ケーション技術の利用による新たな材料の組合せ方や建設方法に取り組んだり、物質や環境と
の関わり合い方をもとにルールの設計、省察、改良を行う設計過程も活発となった。
そして2010年代から現在のコンピュータを用いた設計過程としてOxmanはパラメトリックデ
ザイン思考を挙げる。
パラメトリックデザイン思考:2010年のRobert Woodburyの書籍”Elements of Parametric Design”*11 に記されるように、パラメトリックデザインは形態、数値含むデータの関係を定
めることでルールの設計を行う方法であり、ビジュアルプログラミング言語によるパラメト
リックデザインのプラットフォームであるGrasshopperの普及と共に広まった。ここではパラ
メータの関係を記述するプログラミングコードが設計者の取り組む主要なメディアとなり、そ
こから生成される形態とパラメータの関係を元に省察を行ってコードを改良する。また、関係
性を記述するコードを改良するだけでなく、関係性を定めた後に連続値を取るパラメータの値
を変化させることで好ましい形態を模索したり、異なる値のパラメータで形態を大量に生成で
きる点もパラメトリックデザインの特徴である。
また、Oxmanはパラメトリックデザイン思考には以下の三つの側面があると言う。
一つ目は、アルゴリズム思考とも共通するが、それ以前の設計過程と異なる概念モデルの側面
であり、スケッチや製図、3Dモデルなど表現されたメディアを直接の設計対象とせず、プロ
グラミングコードにおけるルールを直接の設計対象としており、表現された設計物とは別の間
接的な概念的対象が存在している。また、従来の設計過程での改良の過程に比べると、パラメ
トリックデザインにおける改良は自動的または高速に設計物全体の再生成が行われ、改良と省
察が途切れずに連続して行われるため、省察的実践における行為の後の省察よりも行為の中の
省察に近い形のものとなる。
二つ目は離散的な多様性と連続的な多様性についてである。過去の設計の離散的な類型の知識
はパラメータの関係のパターンとして現れて、それにより従来の設計の型のようなものが表現
される。そのようにして過去の様々な設計知識をパラメータの種類や関係のパターンとして取
り込んで、どの類型を用いるかを選択することで、離散的な多様性を獲得できる。しかし従来
の型を超えて新たなものを模索する際には類型の選択は適さず、むしろパラメータに多様な値
を代入することで現れる連続的な多様性が、新たなものの模索や、材料の性質の利用や設計の
条件への適応のために適している。このようにパラメトリックデザイン思考ではパラメータの
関係性の類型選択による離散的な模索だけでなく、パラメータの値の連続的な変化による模索
の過程が存在する。
三つ目は設計者と四つの構成要素によるパラメトリックデザイン思考の設計過程の枠組みにつ
いてである。Oxmanは論文”Theory and Design in The First Digital Age”*12 において、コ
ンピュータを利用したデジタルデザインの方法論を、設計者(D)に加えて、表現系(R)、生
成系(G)、評価系(E)、性能系(P)によって体系化した(図 1)。表現系は設計者に対し
て設計対象を様々な形で視覚化する系であり、生成系は設計対象である形態をルールの記述に
よって生成する系である。評価系は設計対象を入力データに取り、評価ルールを記述して評価
値を計算する系であり、性能系は最適化やシミュレーションのルールを記述して最適な設計対
象を選び出す系である。

図1. デジタルデザインの設計過程の枠組み *12
※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のWebサイトへリンクします。
この枠組みは、デジタルデザインだけでなく他のデザイン方法論も包括的に記述する。初期の
デザイン思考における紙のスケッチをメディアとした過程は設計者と表現系のインタラクショ
ンによって図2a のように表され、初期のCADにおけるデザイン思考のように設計者がパラ
メータやアルゴリズムによるルールを用いずにCADソフトウェア上で直接製図やモデリングを
行う場合も同様に表される。また、設計者がルールを用いず設計した表現対象を評価ソフト
ウェアやプラグインなどのツールで評価値を計算して、それを元に設計者が省察と改良を行っ
ていく設計過程は図2b のように表され、設計者が形態生成のルールに着目して設計を行う過
程は図2dのように表される。また、ルールを用いず設計した対象を最適化やシミュレーション
によって改良する場合は図2c、最適化やシミュレーションの結果を元に形態生成のルールに
従って最適な対象を生成する場合は図2e のように表される。

図2. デジタルデザインの種類とその過程 *12
※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のWebサイトへリンクします。
Oxmanの論文では、この後に幾つかの現代建築プロジェクトにおける設計過程を上記の枠組み
に従って分析したケーススタディーが続くが、以上がパラメトリックデザイン思考の要点と、
その設計過程の枠組みである。
これらはコンピュテーショナルデザインの設計過程を的確かつ簡明に体系化していると筆者は
考えるが、一つ引っかかる点がある。離散的な多様性についてである。
パラメトリックデザイン思考では、異なる様式や建物の種類のような従来の設計知識が離散的
な多様性をもたらし、新たな設計の模索はパラメータの値の変化による連続的な多様性を通じ
てなされるとされる。しかし、一つのパラメトリックモデルの中のパラメータの変化によって
生成される個々のインスタンスには、多くの場合共通の特徴が見られ、それを通じて人間はそ
れらが同じパラメータ関係またはルールから生まれたものであることをおおよそ知覚できると
筆者は考える(例えば図3のD’Arcy Thompsonの魚のダイアグラムや、魚はどこまで行っても
魚と認識できるような形で)。そのため、その新しさは同種のものの中での新しさに限られる。

図3. D’Archy Thompsonによる魚の形態のダイアグラム
※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のWebサイトへリンクします。
また、離散的な多様性は過去の類型的な知識の中にのみ存在するのではない。例えば長方形は
慣習的には縦と横の長さのパラメータから形作られるが、それとは異なる仕組みで長方形を形
作る方法は無数にあり、図4は慣習的な類型ではない、必要十分ではないが長方形も生成可能
な形態生成の仕組みの例である。図の横方向の、同一の仕組みから生成される形の多様性が連
続的な多様性に相当し、縦方向の異なる仕組みから生成される形の多様性が離散的な多様性に
相当する。

図4. 長方形の領域または線分を生成可能な形態生成の仕組み
筆者が、仕組みの設計であるコンピュテーショナルデザインの手法を用いて取り組んできた
ファサード設計においても、多くの場合同種のものの中での新しさではなく、種類の異なる新
しさ、つまり離散的に多様な新しさを追い求めてきた。このOxmanのパラメトリックデザイン
思考の方法論の中では語られなかった、過去の類型によらない離散的な多様性を生む設計過程
の体系化が、冒頭に触れた私の博士論文のテーマとなっている。
このように、将来課題を宿しつつもデザイン思考における設計過程の変遷を踏まえてコンピュ
テーショナルデザインの枠組みを明らかにしたOxmanのパラメトリックデザイン思考の知見は、
我々のコンピュータを用いた設計活動における省察に多いに役に立つ。興味を持たれた読者に
は、Oxmanの原論文にも目を通していただけたらと思う。
*1 Oxman, Rivka. “Thinking difference: Theories and models of parametric design thinking.” Design Studies 52, (2017): 105-22.
*2 Cross, Nigel. “Designerly ways of knowing.” Design Studies 3 no. 4 (1982): 221–7.
*3 Schon, Donald A., The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action.
Basic Books, 1983.
*4 Dewey, John. How we think: A Restatement of the Relation of Reflective Thinking
to the Educative Process. Heath & Co Publishers, 1933.
*5 McCullough, Malcolm, William J. Mitchell and Patrick Purcell, eds. The Electronic
Design Studio: Architecture, Media and Knowledge in the Computer Era. MIT Press,
1990.
*6 Oxman, Rivka, and John S. Gero. “Using an Expert System for Design Diagnosis
and Design Synthesis.” Expert Systems 4, Wiley Online Library (1987): 4-15.
*7 Burry, Mark, ed. Scripting Cultures: Architectural Design and Programming.
AD Primers, Wiley and Sons. 2011.
*8 Reas, Casey, and Chandler McWilliams, eds. Form + Code in Design, Art, and Architecture: Introductory book for digital design and media arts. Princeton
Architectural Press, 2010.
*9 Menges, Achim. “Integral Formation and Materialisation: Computational Form and Material Gestalt.” Branko Kolarevic, and Kevin Klinger eds. Manufacturing Material
Effects: Rethinking Design and Making in Architecture. Routledge, 2008, 195-210.
*10 Oxman, Nuri. “Templating design for biology and biology for design” Material
synthesis. Architectural design 85, no. 5, Wiley, 2015, 100-7.
*11 Woodbury, Robert. Elements of Parametric Design. Routledge, 2010.
*12 Oxman, Rivka. “Theory and Design in The First Digital Age.” Design Studies 27,
no. 3 (2006): 229-65.



























