ものづくりのオープン化とIoT建築の可能性
2016.05.31
ArchiFuture's Eye 慶應義塾大学 池田靖史
Internet of Things(IoT)という言葉はもう十分知れ渡っていると思う。我々の身の回りの
ものは全てワイヤレスに世界中と繋がる可能性を持ち始めていて、それは今まで思っても見な
かった使い方を導いている。留守中の家にいる飼い猫の行動がツィートとしてわかる首輪や、
日常的につけているだけで、活動量、心拍などを計測できる下着によるヘルスチェックなどの
アイデアが典型的なものだ。センサーそのものは最新の発明ではなくてもいい。本質は身近な
モノからセンシングしたデータをネットワークで集めて処理すると情報としての価値が変わる
事にポイントがあり、概念的には単純だが、デバイスの低コスト化、通信速度の向上、データ
の分散処理化などの技術的進歩に後押しされて社会一般で現実的なものとなったことが背景に
ある。アイデア次第で全く新しい価値と需要を爆発的に産み出す可能性があるから「イノベー
ション」と呼ばれてビジネスの世界からの注目が大変高い。
ただ忘れてはならないのがここにもデジタルファブリケーションと同じく技術のパーソナル化
が働いている事である。そこでは印刷技術と同じようにコスト面だけではなくプリンターが誰
もの身近にあることが個人の社会生活との関係を変えていき、コンテンツとなる情報の収集や
編集作業に関しては既に場所を選ばなくなっているので、さらなるフラット化やオープン化が
起きている。それではIoTの場合に器の部分は3Dプリンターがあるとしても、センサーや電子
回路、モーターなどはどうかというと、実はこの部分でもモジュール化によって低価格で簡易
なものが手に入りやすくなっている。例えばlittleBitsやMESHのように配線も難しいプログラム
もなしに誰もが電子回路の働きを製作しインターネットに接続させて、これもまたモジュール
化されたプログラムで働きをデザインできるものが教育用として既に登場しているし、以前か
らあった基盤加工機といういわば電子回路の3Dプリンターも高精度低価格化に加え、ダウン
ロードできるオープンソースな回路のライブラリーも増加している。こうしたハードウェアの
オープンソース化はますます加速していくのではないか。
簡単に言うと研究所も実験室もガレージも無くてもアイデアを手軽に実作してみる事ができて、
そこから社会的なインパクトを産み出す「発明家」にもなれてしまうという事かもしれない。
もちろん自分のためにつくって自分にとって価値があればいいという考え方もあるが、それが
他の誰かにも価値があるものなら量産できるように改良してビジネスに成長する可能性もある。
もしくは料理のレシピのようにただデータを公開して社会的評価だけもらえればいいという考
え方もある。オープンハードウェア化で材料に多少の差があっても同じようなものが地球の裏
側でも製作できるようになっていくだろうし、前述したようにデータとその処理に結びついて
価値があるのであれば、ビジネスモデル的にはサーバー領域による課金や通信量による課金と
オンライン決済にしてしまったほうが、物流コストも製造設備投資リスクも何もとらずに最小
限起業できて、しかもいくらでも成長可能である。こうしたイノベーションのオープン化、
パーソナル化にIoTの社会的なインパクトがあり、組織に頼らない起業家の時代を造っていく
だろうと考えられる。
さて当然の事ながら家の中はIoT化できる機器や製品だらけである。慶應義塾大学の共同研究
グループでも3年前から「慶應型共進化住宅」というスマートエコハウスをキャンパス内に造っ
て産学共同研究としてこうした実験を進めてきた。住宅の中に様々な環境センサーを置き、エ
アコンから照明、掃除機、洗濯機にいたるまでとりあえずネットにつないで、スマホからは位
置情報や活動量を取得すれば、居住者の動きが長く止まれば寝ていると判断して節電する、天
気予報や土中水分を参考に壁面緑化に潅水する、睡眠不足を検知して心地いい就寝をアドバイ
スするなどなど生活の中で試せることは無限にある。ただ最も難しいのはその制御アルゴリズ
ムが精度高く目的を果たしながら安全性やプライバシー流出などの問題を引き起こさないよう
にする事にある。しかもそれぞれが本当に便利なのか余計なお世話なのかは個人差もあって、
学生が勉強するぶんにはいいのだが製造者責任の伴う商品化には程遠い。制御にとってもより
多くの関連データを参照できるほど精度も高くなるから、様々な機器は単独ではなく総合的な
連動が必要となり余計にこの問題を複雑にしていく。
我々が社会のルールとしている製造者責任という概念は製造者と利用者の関係が明確に分離さ
れてしまった工業化社会が前提となっている。しかし商品化を目指さなければ自己責任で誰も
が発明者にもなれるような社会の変化に伴い、利用者自身が好みや意図を反映させ育てていく
モノを前提とした新しい社会通念が必要なのかもしれない。遠くない将来に柱1本から屋根瓦
1枚までセンサーや通信機能を持って生命体の細胞のようにそれぞれの働きをしようとするよ
うな超IoT建築が現れるとすれば、その前にモノを通じた個人と社会の関係も変わっていかな
くてはならないだろう。