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コラム

BIMを通してひとを知る

2026.06.04

パラメトリック・ボイス                   熊本大学 大西 康伸

年度が変わって程なくして関西のある組織設計事務所に所属する大学の先輩であるU氏から
社内向けのセミナーに登壇してもらえないかというお誘いを受けた。どうやら、社外講師によ
る連続セミナーの最終回ということらしい。
 
程なくしてこれまでの講師陣の講演テーマがメールで送られてきたのだが、気軽に引き受けた
ことを後悔するような、建築DXに関するとても充実した内容であった。私がここに何かを付
け足して、しかも殿(しんがり)を務めるという重要な役割を果たすことはとても恐れ多い感
じがして、実は少々怖じ気づいてしまった。
これまでやってきたいくつかの取り組みを紹介して、そんな取り組みしてるんですねぇ、で終
えようと思っていたがそれだけでは何かが足りない気がしたその何かとは何かここから
いつものように思索の旅が始まった。
 
そもそも、私がこれまでやってきたこととは何だろうか。
無論、建築の世界の様々な困りごとを最新の情報技術によって解決することであるしかし
そこにいつも立ちはだかるのは、技術の壁ではなくひとの壁であった。ひとは最新の技術に直
面したとき、喜びや戸惑い、諦め、時には怒りや絶望など、様々な反応を示す。
技術はひとを幸せにするとは限らないということを、これまでこの目で見続けてきた。コラム
BIMで人を不幸にしたことはありますか」で詳しくお伝えしたように、10年以上経った今で
も思い出すだけで後悔するような経験もしてきた。
 
技術の進歩は目まぐるしい。80年ほど前にコンピュータが開発され、60年前には
Ivan E.Sutherland による、後にCADの原型となったSketchpad、55年前にインターネット
の原型であるARPANET 20年前にスマートフォン3年前に生成系AIとここ一世紀程度の
間に次々と重要技術が開発された。
一方、現代に続く人類の起源は30万年前、農業は1万年前、文字の使用は5千年前である。技
術の進歩のスピードに生物の進化のスピードがついて行けないことは、Yuval Noah Harariに
よるサピエンス全史に繰り返し述べられている。
 
ひとの壁の解決なくして、新しい技術の普及はあり得ず、然るに建築分野に深く巣くう問題の
解決もありえないことは、これまでの数々の奮闘の中でまさに身を削りながら理解してきた。
だとすれば、それこそセミナーのフィナーレを任された私こそが伝えるべき何かではないだろ
うかと思うに至った。
 
BIMにまつわる研究や開発をすればするほど、ひとというものがどのような生き物なのかを知
ることとなる。技術は人の幸せのためにあるのだから当然と言えば当然なのだが、それを軽ん
じてBIMそのものに没頭してしまうと、関係する人をどんどん不幸にさせてしまう。
 
そんな不幸を生まないために、ひとはいい加減で、怠惰で、間違う生き物との前提のもと、ひ
とと支援システムの関係の在り方を、より深くより詳細に問い直す時期に来ているのではない
だろうか。
支援システムを使うひとを支援するシステムの重要性について、前回のコラム「BIMに奇跡な
んてない、からの、AI
」で具体例と共に示した。だがこれは一例に過ぎず、我々の日々の生活
には数多くのひととシステムのコンフリクトが存在している。私の博士課程での研究テーマは
グループウェアに残されたログを分析することでグループダイナミクスを理解することだった
のだが、あれから25年ほど経っても結局同じことをしていることに、ひとの変わらなさを改め
て実感する。
 
かくして無事セミナーは終了し、その後第2幕の会場である半屋外のリバーサイドへ移動した。
黄昏時のさわやかな風を受けながら飲むビールの、なんとおいしいこと。
本音で技術の話ができる方々との、この一杯のために頑張ってきた自分。なんやかんや言って
も、結局ひとってこの一瞬のために生きているのかと思うと、自分が悲しくもあり愛おしくも
あり。
 
最先端の技術の研究は楽しい。夢に見た未来が実現していくまさにその場に立ち会うことがで
きるから。しかし、それにも増してひとの研究は楽しい。最も身近であるにも関わらず、最も
よくわからないその存在の一端を理解できるから。
 
少なくとも私が研究をやめるまで、ひとは変わらないでいてほしい。

大西 康伸 氏

熊本大学 大学院先端科学研究部 教授