つぶやきビル
2016.08.02
パラメトリック・ボイス NTTファシリティーズ 松岡辰郎
2012年、JFMA(公益社団法人 日本ファシリティマネジメント協会)内にBIM・FM研究部会が
発足した。ファシリティマネジメント領域でのBIM活用問題と格闘していた筆者はおよそ半年後
にこの研究部会の門を叩き、国内のBIMのトップランナーと呼ばれる方々から薫陶を受ける機会
を得ることとなった。その後2年ほどの歳月を費やし、BIM・FM研究部会の活動は「ファシリ
ティマネジャーのためのBIM活用ガイドブック」に結実する。そこに辿り着くまでには猪里部会
長の指導の下、国内外の事例調査や海外文献の翻訳という夏休みの宿題(!)、週末を費やした
集中検討合宿(!)、そして実にさまざまな議論があった。
ガイドブックの全体構成について議論していた頃、BIMの仕組みや規約といったものだけでなく、
BIMを活用する目的や価値向上に繋がるサービスについても何らかの提示をしたい、という話が
出る。その結果、「BIMを活用したビジネスモデル」という章を作ることとなった。この章の内
容については、すでに部会長の猪里さんがコラム「BIMとFM 新しいビジネスの可能性」に書か
れているので、そちらを参照されたい。
蛇足だが、この章の作成においては、ビジネスモデル創出手法として知られる「ビジネスモデ
ル・キャンパス」を用い、アイディアをストーリーに展開していった。将来このようなことが実
現できたらいいなというアイディアが、解説文ではなく物語として記されており、読み物として
も楽しめるものとなっている。
この章で作成した6つのビジネスモデルの中に、「つぶやきビル」というストーリーがある。ビ
ルに設置されたBASやさまざまなセンサーと、データを人間の言葉に変換するサービスを組み合
わせることで、「会議室は現在寒いので、暖かい格好で会議に臨んでください」「そろそろフィ
ルターを変えて欲しいな」といったつぶやきをビルが発するというものであった。(残念ながら
筆者の稚拙な筆力ではこのストーリーの面白さ重要さを十分にお伝えできていない。是非ともガ
イドブックを手にとっていただきたい……と宣伝してみる。)
前置きが長くなってしまったのだが、ガイドラインの刊行とほぼ時を同じくして、勤務している
ビルがつぶやくようになった。
筆者の職場があるNTTファシリティーズ新大橋ビルは、さまざまな研究開発の実証の場としても
使用されている。居住者が自ら実験台となって自分たちの開発成果を検証・評価する。不満があ
ればまだまだ自分たちの仕事に改善の余地があることを思い知らされるという、大変ありがたい
職場環境である。ビルにはシンプルで汎用的なIoT/M2M基盤があり、さまざまな技術分野のシス
テムと連携できるようになっている。建物や居住者の活動状況をデータとして取得するセンサー
と、データを分析判断するロジック、評価結果を元にした制御を適正に組み合わせることで、目
的に応じて自律的に立ち振る舞う機能を創出し検証することができる。
では何のためにつぶやくかというと、まずは省エネである。可能な限りエネルギーコストを下げ
るというのは、建物を運営する上で重要な動機の一つとなる。ただ、無理な省エネは「我慢」と
隣り合わせになりがちだ。スマートにストレスフリーに省エネを実現するには、小さな気づきと
こまめな行動の積み重ねが必要だろう。個人の家ではなく、オフィスのようなパブリックな場で
こまめな行動を喚起するには、ほかでもない自分がやるべきことだと認識させることが重要とな
る。
仕組みと手順は至ってシンプルである。建物内外に設置されたセンサーが気温や環境状態をモニ
タリングしている。あわせて別のセンサーが窓の開閉状況を見ている。これらの情報を元にBEMS (Building Energy Management System:ビルエネルギー管理システム)がその時点で外気冷房
にしたほうが有効か否かを分析・判定する。もし、このまま空調を運転するよりも外気を取り入
れた方が快適さを損なわず省エネに有効であると判断した場合、ビルの勤務者のスマートフォン
に「窓を開けてください」というメッセージをつぶやく。
勤務者の持つスマートフォンは位置検知の機能により、建物のどの場所にあるか把握されている。
そのため、メッセージは開けるべき窓の近くにいる勤務者のみに送られる。たまたま窓の近くに
席があるからと言っても、出張中に「窓を開けてください」と言われては意味がない。状況を考
慮しないメッセージの繰り返しは、それが自分の取るべき行動だという意識をなくし、結果とし
て誰も窓を開けようとしなくなるだろう。窓の近くにいて少しの手間で窓を開けることができる
人が窓を開け、外気を取り入れる。すると窓のセンサーが窓が開けられたことを認識し、BASが
空調をオフにする。逆に窓を閉めて空調を運転した方が快適であると判断される場合、ビルは窓
の近くにいる勤務者に「窓を閉めてください」とつぶやく。
それぞれのシステムは個別に存在し機能するが、これらをIoT/M2M的に連携させることでビルが
つぶやく。窓のセンサーはセキュリティシステムとも連携しているため、最終退館者が窓を開け
たまま帰ってしまう、といった事態に陥らないようにもなっている。
スマートフォンの位置検知はこれだけにとどまらず、照明の制御やセキュリティシステムによる
入退館管理とも連携している。誰もいない会議室の照明が点灯し続け個別空調は運転されたまま、
といった状態は発生しない。省エネ以外にもセキュリティやオフィス環境の最適化、働き手の生
産性向上、といったさまざまな目的に応じたビルのつぶやき方を模索している。
昨今流行のIoT/M2Mや人工知能といったキーワードは、ともすると人間と対峙する自律化・自動
化された存在をイメージさせがちだ。しかし上手に使えば、建物は「そっと人間によりそう」も
のになっていくのではないだろうか。そのためには情報統合の手段としてだけでない、建物と情
報、リアルとバーチャルの連携の要としてのBIMのあり方についても考えるべきだろう。
ここまで書いて、一つだけ残念なことに気がついてしまった。ガイドブックの「つぶやきビル」
は、窓を開けた居住者に対して「窓を開けてくれてありがとう」とつぶやくことになっている。
しかし、筆者の勤務するビルは窓を開けてもお礼をつぶやかない。開発チームに申し入れてお
こう。