人工知能との付き合い方
2016.08.18
ArchiFuture's Eye 日建設計 山梨知彦
タイトルをご覧になって、「人工知能を彼女にして、どう付き合っていくか?」といったよう
な内容を期待されていたら申し訳ない。今回は、今の時代を生きるものとして、人工知能とど
う向き合うべきかという話である。
■人工知能は私たちを滅ぼすのか?
「人工知能は私たちを滅ぼすのか」は既に読まれただろうか?
コンピューターの誕生から人工知能の行く末までを一気に俯瞰した本であるが、読みやすくそ
してわかりやすく書かれた本で、人工知能のアウトラインを掴みたい方にはお勧めの一冊だ。
わかりやすい理由は、2つありそうだ。1つには、著者の児玉哲彦さんがITに深くかかわりなが
らも人工知能の専門家ではないため、全体を通して平易な言葉で徹底して書かれていることに
ありそうだ。今一つは、全体が今から少し先の、人工知能がより生活に密着するであろう
2030年という近未来を舞台とした物語形式で書かれていること。「ソフィーの世界」という、
高校の哲学教師、ヨースタイン・ゴルデルによって書かれた、物語仕立てで書かれた哲学概説
書を覚えているだろうか。まさにあの本の人工知能版といってもよい。AIに関する物語仕立て
の入門書となっている。
物語のエンディングを言ってしまっては野暮なので、ここでは控えたいが、ニーチェが「神は
死んだ」というアフォリズムで切り開いた個人主義の世界を、人工知能がさらにパラダイムシ
フトさせ、われわれが常識や自明と思っている既成概念を大きく揺るがす方向へと世の中が進
むことを示唆する内容となっている。
■児玉哲彦さんとの対談
縁あって、その著者である児玉さんと、日本建築家協会で対談する機会をいただいた。本来な
らば建築分野における人工知能が担うであろう分野について来場者の代表としてうかがうこと
が僕に期待された役割だったのであろうが、ここぞとばかりに、最近抱いていた人工知能に関
する疑問をぶつけさせていただいたり、児玉さんのお話を自分の興味に任せてうかがったりと、
人工知能についてあれこれと考えを巡らし、楽しいひと時を過ごさせていただいた。
■人工頭脳
興味深い話題は多々あったのだが、ここでは1つだけご紹介をさせていただく。
1つめは、人工知能のベースとなっているコンピューター自体が、そもそも人間の脳が行う論
理的思考を機械により再現することを目的として発明されていた事実。現在ではあらゆる分野
にコンピューターが使われているため、その事実は忘れがちであるが、コンピューターとは、
かつてわが国では「人工頭脳」と呼ばれたように、そしてお隣の中国では「電脳」と呼ばれて
いるように、コンピューターはその誕生の時から、人間の脳や思考を人工的に再現することが
目的で発明されたものなのだ。
■頭脳労働が人工知能に置き換えられていく
2012年以降、ディープラーニングの登場により、コンピューターはビジュアル情報から自分で
学び、近くすること、すなわち「学習」ができるようになった。これにより、人工知能は我々
の脳にさらに近づき、大量なデータをもとにルールに即した判断をしなければならないゲーム
の分野などでは、人間を超える能力を示し始めた。今はチェスや囲碁や将棋やクイズといった
領域での人間への勝利が取り上げられているが、勝ち負けのルールが比較的明確で、かつ膨大
な情報を操らなければならないビジネスや、ソリューション提案型のビジネスでは、すぐに人
間を凌駕する状況が訪れるであろうとされている。株式や不動産投資や弁護士業などが、我々
建築の世界でも敷地条件から最大投資効果を生み出す敷地利用計画を紡ぎだす金融工学的都市
計画など、現時点では花形ビジネスこそが、人工知能に置き換わっていく可能性が高い。
■人間が活躍できる領域
こうなってくると、人間が活躍できる領域は、身体性に関わるもの(これも人工知能とロボティ
クスの連動が高まれば、我々の能力をすぐに凌いでしまうのかもしれないと思う一方、おいし
い食事はまだまだ楽しめないだろうな、などと思ってみたり 笑)、精神性に関わるもの(崇
高な精神性ばかりじゃなく、「飽きる」みたいな人間の精神性は、人工知能の中でいかに扱わ
れるのであろうか)、そして創造性(いくらディープラーニングで自己学習を重ねても、そこ
からクリエイティビティは生まれ出ない気はする。今の人工知能にはクリエイティビティが感
じられない気もする)ぐらいに限られてしまいそうだ。しかしこれまた、人間の脳細胞の数ほ
どにコンピューターが並列されたならば、その中にホロニック的に浮かび上がりそうな気もし
てくる・・・
かくのごとく、児玉さんとの対談が引き金となり、人工知能への思いはさらに加速されていった。
■予測するよりも、作る側となれ
対談と同様に、「人工知能は私たちを滅ぼすのか」は、児玉さんの巧みな誘導で、僕らに人工
知能について考え込ませる仕組みになっている。この夏、この本のページを繰りながら、
2030年以降の我々の生活と人工知能の関係に思いを巡らせることをお勧めする。ちなみに、
最後はパーソナルコンピューターの祖、アラン・ケイのこんな言葉で結ばれている。
「未来を予測する最良の方法は、自らそれを作り出すことである」
あれこれ思いを巡らすのもいいが、人工知能に自分自身が積極的に関わっていくこと、それ自
体がこの時代に生きるものの重要な使命なのかもしれない。