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コラム

アクティブ&デジタルシニア

2016.09.08

ArchiFuture's Eye               ARX建築研究所 松家 克

宇宙飛行士のジョン・ハーシェル・グレン氏は、77歳で再び宇宙へ飛び立ち9日間滞在した。
小生が担当したホンダ青山ビルの竣工直後に毎日のようにショールーム、商談ロビー、執務
室、役員階、応接室などを楽しそうに廻られていた姿が目に浮かぶ本田宗一郎氏は、66歳で
飛行機の操縦士免許に挑戦し、76歳で1100ccの大型オートバイを運転。さらに、78歳で
スイスの700メートルの絶壁をハングライダーで飛んだという。先ごろ匠大塚を新たに立ち
上げ話題になった代表取締役会長の大塚勝久氏、73歳。東日本大震災の中小企業の復興の様
子を記録し続けている映像プロデューサーの田中敦子さん、74歳。世界の指揮者小澤征爾氏、
80歳。自動車メーカースズキの代表取締役会長の鈴木修氏、86歳。建築家の槇文彦氏、87
歳。読売新聞グループ本社代表取締役主筆の渡邉恒雄氏、90歳。信越化学工業代表取締役会
長の金川千尋氏、90歳。そうそう100歳100歳で活躍されたきんさん、ぎんさんの双子の姉
妹もいた。今回のリオのオリンピックの聖火ランナーに選ばれたアイーダ・メンデスさんは、
106歳、ダンスやスカイダイビングなどスポーツ好きのアクティブシニア。シニア世代もま
だまだ熱く幅広く現役で活躍されている。
 
現在、パラダイムシフトが進む日本では、建設業に限らず、少子化と高齢化による人手と熟
練者不足は深刻である。この状況の中、65歳以上のシニア人口は、およそ3,000万人。全人
口の25%以上だという。人口が減少する中で、2030年ごろまではシニア人口の増加が継続
すると想定されている。この中のアクティブで元気なシニア人口は、およそ570万人、雇用
されているのは318万人。雇用人口は、ここしばらくは若干の増加傾向にあるという。人手
と熟練者不足の環境下、パワー溢れる老人力を持つアクティブシニアの役割も増し大活躍の
結果、良い成果に結びつけている企業が増えている。
 
日経産業新聞によれば、ベンチャー企業「WHILL」の電動車いすの開発には、シニア世代の
エンジニアの参加と知恵が重要な役割を担っているという。24個の小さなタイヤの組み合わ
せによりパワフルで全方向対応が可能なタイヤを構成。雪道や砂利道、少しの段差や傾斜な
ども問題なく走行でき、その場での一回転も容易だという。アメリカの厳しい医療機器認証
も驚異的なスピードで認可されている。この創造的な車いすの実現には、車メーカーいたパ
ワー溢れるシニアの方が絡んでいる。パーソナルモビリティを開発したいとの熱意のもとで、
長年研究を続け、定年後もこつこつと一人でこの研究を継続させ、改良型をホームページで
紹介。これを「WHILL」のメンバーが注目し、この電動車いすの開発に携わることとなった
という。次は、世界初の鋼鉄を上回る強靭さとナイロンを上回る伸縮性に富む人工クモの糸
繊維の量産化での事例。開発者は、微生物から人工精製し原料を作り出すことに成功し、こ
れを繊維にするところで専門知識を持つシニア技術者に協力を依頼。この夢のクモ糸繊維は、
慶應義塾大学発のバイオベンチャー企業の「スパイバー」とスポーツウェアの「ゴールドウ
イン」が業務提携し、衣料品の製品化を図っている。これを支えているのがシニアの技術者
集団。15人でネットワークを組み、紡糸、プラント建設、知的財産などの多分野で幅広く活
躍され、実績を挙上げているという。
 
建築界でもシニア世代が活躍できる要素がある。T定規、平行定規、ドラフターなどの手書
き作図時代は、体力の衰えとともに腰などを痛め業務の継続が困難となり、自ずとリタイア
となった。しかし、現在の60代は、オフコンやパソコンでのCAD化とともに歩んできた
然のこととしてCADのスキルを身につけ、経験も豊かで資格を併せ持つ。加え、業務環境も
快適となり、キーボードとマウスでの簡単な操作で業務が可能である。BIMを使いこなせる
シニアがいても可笑しくない。現場作業では、多機能ロボットや「HAL」などのパワード
スーツ・手袋で補助をされ、重作業も可能となることが視野に入ってきた。

ICT系の適材適所での人探しは、若者も含め難しくなっている。「転職ドラフト」名称の
ウェブサイトもある。このサイトを見てコンピュータースキルの得意分野を確認し、スカウ
トをする仕組みという。併せ、今年の6月、シニア人材を派遣している会社が、東証マザー
ズに新規上場した。今後は、建築分野の資格を持つアクティブシニアをターゲットにすると
いう。付加価値の高い業務が担当できるシニアである。人脈や知見、経験に富むデジタル型
のシニア世代は、ICTやIoTなどのネットワークを駆使し、そのシニアパワーをビジネスに
再発揮することも楽しく面白く有効なのではないだろうか。かくいう私自身もこのシニア世
代のど真ん中にいる。果たして、役立つのか役立たないのか、自分のシニアパワーを再考し
なくては・・。余談:「つるとはな」という新刊雑誌がある。アクティブシニアを中心に編
纂されている本と言える。人生の先輩に聞く密度の濃い本である。女性の頑張りが多い感が
あるが、手に取って一考するのも良いかもしれない。

松家 克 氏

ARX建築研究所 Gr.代表