情報の歴史、建築とコンピュータ
2016.12.06
ArchiFuture's Eye 大成建設 猪里孝司
日本経済新聞の「半歩遅れの読書術」欄で、福岡伸一氏が「ある分野のことを知りたいと思っ
たら、その分野の歴史を勉強すればよい」と書いていた。科学のことを知りたいと思ったら科
学史を勉強すればよいというわけだ。建築でのコンピュータ利用について知りたいと思えば、
建築でのコンピュータ利用の歴史を勉強すればいいということになるが、残念ながらいい教科
書がない。豊田さんが「建築情報学」の必要性を説き、ArchiFuture Webのコラムでたびたび
「建築情報学」が話題になるのも、建築とコンピュータについての概論を学ぶ術がなく、さま
ざまな弊害があるからだ。その最たるものは、裾野が拡がらないことではないだろうか。裾野
の拡がりがなければ、高みを目指すのも困難になる。
情報の歴史に触れようと、久しぶりに本棚から「増補 情報の歴史 象形文字から人工知能ま
で」(監修 松岡正剛、NTT出版、1996)を取り出した。この本は、通読して情報の歴史を
学ぶのに適しているとは言えないが、さまざまな示唆を与えてくれる。松岡正剛氏による本文
は「情報」の意味と力を示している。情報を軸とした社会の変遷は、歴史そのものである。年
表は宗教・文化・科学・技術・政治・経済・戦争など「壮大な歴史を、主として “人間はどの
ように情報を記録してきたか”という視点」から記述されている。時代・年代の空気を伝えて
くれるだけでなく、新しい関係を発見できる。何かのヒントを得たい時に、いい助けになる本
である。惜しむらくは、この本の年表が1995年で止まっていることである。1996年、97年
の年表は読者がそこを埋められるように空白である。あたかも読者の理解、感性を測るかのよ
うに。とてもこの空白を埋める能力はないが、今日この空白をあらためて発見して、いい思考
訓練になると感じた。これを積み重ねることで、「建築情報学」に近づくことができるとも思
う。ちなみに、ディープ・ブルーがチェスの世界チャンピオン G・カスパロフに勝利したの
が1997年である。
「ニュートンは、なぜそのような偉大な発見ができたのかと聞かれて、“ただ巨人の肩の上に
乗ることができたから”と答えた」そうである(長谷川眞理子「科学の目 科学のこころ」岩
波新書、1999)。巨人の肩には到底およばないが、諸先輩の功績をもとに次世代が活躍する
礎を作ることが年長者の責務だと思うようになった。30年以上この分野に関わっていながら
何もしてこなかった怠惰を反省している。コンピュータ利用による建築のさらなる発展に寄与
するために「建築情報学」の教科書づくりに貢献したい。