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コラム

マス・カスタイマイゼーションとデザインの民主化

2017.06.20

ArchiFuture's Eye                慶應義塾大学 池田靖史

このタイトルと全く同名の国際シンポジウムにフィラデルフィアまで行ってきたので、今回は
そのレポートを兼ねて感じたことを書き連ねてみたいと思う。シンポジウムを組織したペンシ
ルバニア州立大学のドゥアルテ教授とカルガリー大学のコラレヴィク教授は北米の建築コン
ピュテーショナル・デザインの世界では先導的な立場にある。彼らはこの時期にこのテーマで
単発シンポジウムを企画し、経済評論家から家具デザイナーまでとても慎重に多くの著名な講
師を選びながら、決して総花的ではなく、非常に深く重要な問題に切り込もうとしていた。

 ペンシルバニア州立大学が主催したシンポジウム
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のシンポジウムのWebサイトへ
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まず建築の話になる前に、ものづくり全体を俯瞰してみるところから話は始まる。三次元プリ
ンターのようなデジタル・ファブリケーション技術がこれまでの大量生産によるコストダウン
効果を前提としていた商品化とは根本的に異なる経済活動に結びつくのではないかという予測
は多くの人たちがしているものの、まだそれほど実感もなく、具体的な例も多くはない。そん
な中でアディダス社の始めたFutureCraft4Dというランニングシューズのカスタマイズ化サー
ビスが注目を集めている。靴のような個人差があるものを足の形に合わせて造るところまでは、
まあ想像がつく。しかし三次元プリンターによって出力される三次元的な網の目構造を持つ新
しい靴底はそのクッション性の分布や反発力などの物性を、網目密度の幾何学に変換すること
で千差万別に微調整ができる。ここがこの場合のものづくりとしての技術革新である。靴底の
物性が走り心地や疲れやすさ、結果的には走る速さに影響することは当然だが、これまでオリ
ンピック選手でもない限りは、売っている商品の中から自分に合うものを探すしか無かったし、
商品開発する側も市場に存在するニーズという概念で一定以上のボリュームを持つ共通性を見
いだして商品化するしか無かった。しかしこの技術は、その概念を覆すことが可能であると考
えたメーカーが採った戦略でユーザーの走り方による靴底の変形をセンシングして分析する方
法の開発だった。インターネットを介してサーバーにフィードバックされるそのデータ分析を
もとにした靴底を提供することで、靴という物品を売るという商業形態は薄れ、個人的な走る
楽しみを提供するサービス価値という商品化に成功していることが先進的である。つまりある
種のIoTによるスマート商品であるとも考えられる。さらにこのサービスはユーザーが増える
ほど分析対象データも増え、サービスの向上が見込まれるし、個人の走り方も年齢や技能に
よって年々変化していくからそれに追従することで、長期的に維持できるビジネスモデルにな
る可能性も持っている。

 アディダスの3Dプリント・ランニングシューズFUTURECRAFT Ⓒadidas
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のadidasのWebサイトへ
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IoTによるスマートな商品というと、センサーのはいった便利グッズのようなものを思い浮か
べがちだが、むしろ本質は身近なモノがインターネットを介して世界中のデータフローの中に
位置づけ直され、個人にとっても社会にとってもモノがもつ情報としての価値が変わることに
ある。最近、私自身が重宝しているものにスマホのワイン評価アプリがある。ラベルの写真を
とると、たちどころに世界中の数千万人による評価レートや平均購入価格が表示される。なぜ
これがIoT だと思われるかもしれないが、目の前にある1本のワインに新たな情報が付加され
るだけでモノの意味は変わる、それも一方的ではなく自分も情報提供できる、大げさに言えば
自分自身の評価を発信し世界的に共有することにもなる。家の中のものはまだIoT 化されてい
ないように見えても、ワインのように既存のモノも一気にデータ空間の中の存在にできるうえ、
アプリという形で高速に世界中に拡散させられる。そして全く同じラベルのワインでも保存状
態などから、価格も品質も完全に同一ではないことから、集合されたデータの分布傾向の分析
は誰も知らなかった事実さえも浮かび上がらせ、今度はそれが製造・流通・販売にも影響する
様になって来ている。

 2400万のダウンロード数をもつワイン評価情報アプリvivino ⒸVivino
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ロボットが多品種を製造できる技術が語られだしてから20年近く経っていることは、それだ
けでは商品的な価値を生まないことを証明しているとも言えるようだ。コカコーラが
Freestyleという自分で100種類以上のフレーバーを合成できる自動販売機を投入したのは
2009年のことだが、ソーダ好きのアメリカ人ですらもそれほど喜ばなかった様子で、その
原因は多様な選択肢があっても迷うだけでその違いが想像できないから、と言われている。昨
年ぐらいからその改良版としてスマホのアプリで配合を記録して友達に薦めるサービスを開始
したが、今度はワインに比べると背後の世界の広がりやデータを共有することの価値が限定的
である。このようにマスカスタマイゼーション技術が商品的な価値を産むためには、膨大な選
択肢を吟味できるナビゲーション機能が重要であり、しかもそれがデータの集合化と人工知能
的な分析による社会的な位置づけが重要であることが教訓として示されている。このモデルは
既にAmazon.comが「おすすめ」というかたちで最もよく実現している。すなわちマスカスタ
マイゼーションの本質は顧客とのインタラクションの確立であると言われている。単に選択肢
が増えただけでは顧客にとっての新しい価値が提供できているとは限らない。その微妙な差の
価値が他人と違うというファッション性だけでは十分ではない。多様性をデータとして共有で
きるIoT商品となって初めて可能性を持つ。そして既存の市場分析の概念を変えなければなら
ない、なぜなら、これまでは社会に現時点で存在している欲望の共通項とその集団を特定して
きたが、これから必要なのは、むしろ動的に変化する個別な欲望の異質性の特定こそが対象だ
からだ。また、商品の製造・生産システム構築についても基本的な概念が変わる。工業的な手
法が全て無くなる訳ではなく、大量生産のコストダウン効果もまだまだ意義があるとすれば、
むしろ適切な多様性を確保するためのシステム設計が重要な意味を持ち、ハードウエアの共通
部分を担うプラットフォームの概念や機能を合理的に構成できるモジュール化の概念などを慎
重に準備することがますます重要になってくるだろうと言われている。

 コカコーラのマスカスタマイゼーション自動販売機freestyle ⒸThe Coca-Cola Company
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のコカコーラのWebサイトへ
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さて、ものづくりの世界のこうした動きを受け止めた上で「建築」の行く末を考えてみようと
いうのが、シンポジウムの本来の主旨で、そのときのキーワードが「デザインの民主化」とさ
れている。何故かというと建築のような多様で複雑かつ多機能で総合的な構造物は様々な分野
の技術的知識の複合的集積物として、高度な職業訓練を経た専門家集団の作業協力が必要であ
り、デザインについて通常はユーザーの参加は限られていたが、マスカスタマイゼーションの
本質が顧客との新しいインタラクションの確立だとすれば、まさしくそこが本丸だからである。
デザイナーに頼らざるを得なかった理由が快適性や安全性の確保や、法律の遵守などの問題に
関する知識の問題だったとすれば、広範囲かつ強力なデータ検索機能によって必要な情報をい
くらでも提供できるし、膨大な選択肢の中を探索することに経験が必要なら、そうした可能性
を分類したり他人の意見を参照したりする機能が準備されることで,ユーザーがデザインでき
る範囲が拡大していく情報サービスシステムが考えられるからだ。
シンポジウムでは、国土が広大すぎてロジスティクスの合理性が無かったことや日曜大工精神
が文化として根強かったことなどが原因でハウスメーカーが育たなかったと言われているアメ
リカで、ここ数年に登場した新しいハウスメーカー企業やモジュール化された空間の組み合わ
せでデザインする設計事務所が紹介されていた。そこで強調されていたのは、工場生産であっ
ても無限に近いバリエーションが可能なことと、インターネットを通じて、直接会わずともそ
の設計にユーザーが参加できるしくみをできるだけ提供しようとしている点である。現地での
建設を簡易化することでユーザーの個別ニーズにあった部品を探し出し送り届けるAmazon.
comのような「物流サービス」を目指しているという発言も印象的だった。

 北米のプレハブモジュラー住宅メーカーBlu Homes ⒸBlu Homes
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のBlu HomesのWebサイトへ
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面白いのはユニット化などの建築技術としては戸建住宅市場に大量生産技術を導入した日本の
ハウスメーカーが40年前から洗練し続けて来たこととそれほど違わないにも関わらず、彼ら
の意識としてはむしろこれまでの住宅市場よりも多様な個別のニーズに適応できる手法の開発
と考えている点だと思う。つまり一見逆のベクトルが結果的に同じものを求めている。だとす
れば実績と顧客数を圧倒的に持っている日本のハウスメーカーのほうが遥かに優位な立場にあ
る気もした。代表的な工場プレファブ住宅セキスイハイムが自社製HEMSのエネルギー使用状
況データを集めて、そこに地域の気象データや交通状況などと合わせて分析してできる「ス
マートハイム・ナビ」というサービスを既に開始している。学習して進化する人工知能の賢さ
は経験の量、すなわちデータの蓄積量で決まる。こうしたデータは各家庭に合わせた省エネ方
法を提供できるだけでなく、AIがバッテリーを前提に地域全体のエネルギーの使用を平準化し
て利用効率を上げるオペレーションを統計的に発見することで社会の集合的利益にも対応して
いる。このように、IoTとしての建築が個別ユーザーの多様性に幅広く応え、その絶え間ない
変化に追従でき、社会的合理性も保つことだとすれば、結局そのデザインだけでなく建設や継
続的な更新にユーザーが主体性を持って関与できることが発展の方向性になるのではないか。
デジタル・ファブリケーション技術によるモノのパーソナル化がこの方向を推進するし、建設
分野でIoTによる施工技術高度化が熟練労働力の減少に対応しようとしているのも同じ方向性
であるとも見える。すなわち専門的な知識や熟練性を越えて建築にユーザーが関与できる範囲
が拡大していくはずである。なぜならこれまで見て来たように社会全体が獲得した経験的知識
を個人に有効に還元するしくみこそがIoTだからだ。IoTが建築についてデザインから部品生産、
建設方法、利用まで総合的に変える可能性は、いわばスマートな日曜大工技術かもしれない。

 セキスイハイムのコンサルティングHEMSスマートハイム・ナビ Ⓒセキスイハイム
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のセキスイハイムのWebサイトへ
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 セキスイハイムのコンサルティングHEMSスマートハイム・ナビ Ⓒセキスイハイム
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こうした話題を聞いているうちに、改めてものづくり分野としての建築の持つ特殊性として、
土地に固着しているために存在している個別性の点と、人間の生活の経時的変化は意外と速く
大きな振れ幅がある点、非常に多くのモノの複合的な機能バランスが期待されている点の3つ
の側面から、もともとマスカスタマイゼーションの前提を持っている建築という存在が、工業
化に加えて情報化の恩恵を得て進化する方向があるとすれば、アジャイルで継続的な建築と人
間のインタラクション技術であるように思えた。

池田 靖史 氏

東京大学大学院 工学系研究科建築学専攻 特任教授 / 建築情報学会 会長