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コラム

BIMモデルは誰のもの?

2017.07.06

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

BIMに興味を示す発注者や建物オーナーが増えてきた。業種に特段の偏りはなく、事業に建物
が影響を与えることを重視し、ファシリティマネジメントにおける問題意識を持っているとい
う共通点があるように思う。このような発注者から、設計施工だけでなく竣工後の建物運営・
維持管理でBIMを活用するよう、提案を求められるプロジェクトも徐々にではあるが増加して
きている。
筆者はこれまで、建物ライフサイクル全体でBIMを活用するいくつかのプロジェクトにおいて、
発注者側と受注者側の両方を経験する機会を得た。その中で気になっていた「BIMモデルの権
利」について、少し考えてみたいと思う。
 
新築プロジェクトにおけるBIM活用では、予めBIMを導入するための目的や狙いを明確にし、
さまざまな規約や手順を明記した「BIM実施計画」を作成してから、その内容に応じたBIMモ
デルを作成することが重要であるとされている。
BIMモデルが策定された業務フローを合理的に遂行するための統合データであることを考えれ
ば、BIM実施計画の重要性が理解できる。行き当たりばったりでBIMモデルを作成したり、目
的が異なる他のプロジェクトのBIM実施計画をそのまま持ってきたりしても、BIMの導入効果
を十分に得ることはできない。
竣工後の建物運営・維持管理を含めたファシリティマネジメントにBIMを導入・活用する場合
においても、予めどのように建物を運営していくのか、どのような価値観を重視するのかと
言った視点から規約や手順を決め、それに応じた業務フローと活用する建物データの姿を明確
にしてから、BIMモデルを作り運用すべきである。
 
竣工とともに建物運営・維持管理にBIMモデルを引き継ぎ、建物ライフサイクル全体でBIMを
導入・活用するには、建物ができてからどのような運用をするのかを考えるのではなく、構築
と連携・並行してどのように建物を運営し維持管理していくかを検討・策定すべきである。建
物ライフサイクルでのBIM導入・活用が広がれば、建設プロジェクトの姿も変わっていくであ
ろうことが、容易に想像できる。
 
建物ライフサイクル全体に最も深く関わるのは、発注者や建物オーナーである。そして建物に
関する情報を最も必要とするのも発注者や建物オーナー、ファシリティマネジャーということ
になる。
建物ライフサイクル全体でBIMを活用する発注者や建物オーナーは、当然ながら竣工時に従来
の竣工図書一式に加え、竣工BIMモデルの納品を求めるようになるだろう。実際に国内でもそ
のような事例が見られるようになってきている。
竣工BIMモデルの提出が契約書に明記され、そのための対価が契約に含まれるようになると、
竣工BIMモデルは契約に基づき発注者や建物オーナーのものとなる。
 
竣工BIMモデルを手にした発注者や建物オーナーはどのようなことができるのだろう。
本当はそれではいけないのだろうが、筆者は著作権法等に対して素人であるため、ここから先
は思い込みのイメージやこれまで見聞きした経験則で書いている。間違いがある場合はご容赦
いただくとともにご指摘をいただければありがたい。
 
竣工BIMモデルには建物のデザインに関する権利は含まれていないだろうから、例えば発注者
が竣工BIMモデルを利用して設計者の承諾なしにまったく同じデザインの建物をもう一つ建て
ることはできないはずである。
しかし竣工BIMモデルのデータとしての権利が移行しているのであれば、そのプロジェクトに
特化して作成したBIMモデルの構成要素(パーツやライブラリ)を設計者や施工者が他のプロ
ジェクトで使用してはいけない、と発注者や建物オーナーが要求できるかもしれない。また、
納品された竣工BIMモデルを、増改築やリノベーション時に元の設計者や施工者以外の業者に
貸与したり譲渡したりする可能性もある。竣工BIMを構成するパーツやライブラリを再利用し、
他のプロジェクトで使用することもないとはいえないだろう。場合によっては自由に誰もが使
用できるよう、公開してしまうかもしれない。受注者の立場で考えれば、なかなか受け入れが
たい話である。
 
そんなに神経質にならなくてもよいのではないか。今までの竣工図書と同じような考え方でう
まくやっていけるだろう、という意見を聞くこともある。確かにその通りかもしれない。しか
し、プロセスが消し去られて結果だけが形になった竣工図書と、様々なノウハウが盛り込まれ
てデータとなった竣工BIMモデルとでは、情報の内容も価値も異なるものと考えるべきではな
いだろうか。
発注者の立場からすれば、対価によって入手した竣工BIMモデルを独占的に様々な目的で使用
したいと考えるのは、自然な流れなのかもしれない。
 
国内ではBIMに関する様々な規格化や標準化は途上であるといえる。今後ガイドラインとして
決めておくべきものの一つに、現在は曖昧になっているBIMモデルの権利も含めるべきではな
いかと考える。
 
余談だが情報システムを開発する際は、対価で作成したソースコードに関する一切の権利は発
注者に移行する。受注者はアルゴリズムを他のプロジェクトで利用することはできても、ソー
スコードを流用することはできないはずである。一方、受注者が自助努力で開発した機能を使
用する場合、モジュールの使用権を発注者に与えるがソースコードは引き渡さず、同時にその
譲渡や再販を認めない、と言った契約を行うことが一般的である。
ところが最近、AI関連のプロジェクトではこのような考え方が通用しない場合も見受けられる
ようになっている。例えばディープラーニングによる判定エンジンを構築する場合、学習方法
やパラメータの与え方に独自のノウハウが必要となる。それらを提供するAI関連会社によって
は、構築したAIエンジンの総ての権利が発注側のみに帰属することを認めない場合がある。
気持ちはわかるが、苦労して集めた独自のデータによって学習させて構築したAIエンジンを、
場合によっては競合他社に利用されるという状況を受け入れることは難しい。そういうケチ臭
いことを考えるからいけないのだ、良いものは社会にオープンにして還元すべきだ、という意
見もあるだろうが、ノウハウを入れて作成したBIMモデルで同じ状況が発生した場合に、それ
でも素直にその通りだと言えるだろうか。
 
BIMやAIを含めた新たな潮流では、知的財産権の考え方についても従来の価値観では解決が難
しい問題を内包していると感じる。いずれは法律が追いつくのだろうが、それより前に課題を
明らかにし、権利の所在を曖昧なままにせず関係者がそれぞれ納得できるルールを定める必要
があると思っている。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター