「サイボーグ」化のフィードバックループ
―建築情報学会準備会議第1回メモ
2018.03.20
パラメトリック・ボイス 東京大学 木内俊克
3月5日(月)19:00-21:00に筆者も準備会メンバーとして参加している建築情報学会キック
オフ準備会議の第1回が行われた。堀川淳一郎氏がモデレーターを務め、ゲストに
三宅陽一郎氏(日本デジタルゲーム学会 理事) 、菊池司氏(東京工科大学メディア学部
准教授)を迎えて開催された。このメンバーで面白くないわけないのだが、入りからトップギ
ヤー全開で彼らが現在取り組んでいる仕事周りで着眼している技術群が次々と紹介され、それ
はもうヒントに満ちた充実した2時間だった。今回は備忘録的に、特に興味を覚えたトピック
についてのメモを記しておきたい。
基本的に筆者の興味は、前回の記事でメモした、ダナ・ハラウェイ的意味において「サイボー
グ」化した人間と環境の関わり、つまり、もう私たちは大袈裟ではなしに脳の半分をスマホに
あずけているような状況の中で、どう環境と一体化しながら都市のイメージをつむぎ出してい
るのか、というところにある。上妻世海氏的意味における個々人にとっての「関係性の束」で
ある都市イメージがダイナミックに生産されているところの「サイボーグ」化のプロセスにい
かに介入できるか。
以下にメモを3つ。
1つ目のメモ。
三宅氏はスクエニのゲーム開発において、キャラクターに、もっと言えばキャラクターも環境
も含む系全体に知能を持たせ、生命的で一回性を原則としたふるまいを与える研究開発に取り
組まれている。今回のトークでも存分にそのディテールに踏み込んでいただいていたが、そこ
ではやはり空間内の環境をどう人工知能で駆動するロボット群に認識させるかが重要な課題で
あるようだ。基本的な技術の一つは、空間をボクセル分割した上で適用できる、空間内の3次
元パス検索だという。詳細は把握しきれない部分もあったが、ダイクストラ法など基本的なパ
ス検索方法に複数言及しつつ、その3次元ボクセルへの応用やボクセルのクラスタリング、階
層化など同技術の実装化過程でクリアされていったハードルとその対処法についても言及され
ていた。さらにはパス検索の話から、検索の際にパスの最適化のガイドとなる、環境のふるま
いとも言えるボクセルごとに与えられる各種パラメータについても、階層化により、マクロな
スケールではよりメタ的な情報が、局所的なスケールでは鉄道などオブジェクトとしてあらわ
れる単位の情報に振り分けて設定されるといった方法についても詳述されていた。そこではあ
るボクセルにあらわれる環境のふるまいは、大小のスケールに与えられた現象の複合としてあ
らわれる。考えてみれば当たり前に思えてくるこうした枠組みも、それがプログラムとして書
かれ、自律的にふるまうゲームの世界をとおして可視化されたとき、はじめて実空間を逆照射
していることに気付かされる。
また堀川氏からの質問で、今後既存の物理空間を上記のようなパラメータが実装されたボクセ
ル空間として取り込んでいき、インタラクティブなゲーム空間化していくようなことは可能に
なっていくだろうかという問いがあったが、基本的にはNiantic. IncのIngressなどはその初期
的な試みであり、ユーザーが写真と位置情報により登録できるポータルのシステムは、物理空
間のARをとおしたパラメータ付けだと言えるだろうし、基本的にはその方向に今後も進んでい
くのだろうというのが概ねの論調だった。
ちなみに、Nianticは今年に入っての2月、ARのスタートアップ企業のEscher Realityを買収し
ている。Tech Crunchによれば、「Escher Realityが提供する複数プレイヤーに体験を共有さ
せる能力は…拡張世界を複数プレイヤー間で持続的に共有させることができる…ARシステムが
複数のユーザーの現実の位置、動作と仮想の対象の位置、動作を共に記憶でき…プレイヤーA
が自分のAR世界にピンポン球を持ち込むと、プレイヤーBもそれを認識し、球を打ち返すこと
ができる。プレイヤーAも同様なので拡張現実でピンポンをプレイできる。このプラット
フォームは体験の共有を提供するので、さらに複雑な関係を構築することが可能」だという。
2つ目のメモ。
堀川氏の質問で、2018年現在にゲームで使われている人工知能は、いわゆるトップダウンで概
念や意味をモデル化してその働きや処理システムを構築する記号主義と、ニューラルネットワー
クなどのボトムアップなアプローチに代表されるコネクショニズムのどちらがどの程度使われて
いるのかの質問に対して、三宅氏は現状では9割記号主義、1割コネクショニズムと答え、ただ
しコネクショニズムは地形や波、相対的・数値的な分布、模様など直感的なものなど言葉で表現
しづらいものに対しては有効というコメントを残していた。
やはり気になるのはコネクショニズムの実際的な活用がどこまで広がるのか/広げたいのかとい
うこと。実際に都市空間での環境からの情報の読み取りを想起すれば、そこでの経験に厚みを与
えるのは、意味として汲み取るには不十分な刺激のようなものが、それでも重ね合わさってそこ
にあるということだろうが、そうした認知の仕組みが具体的な行動や心的事象に帰結する過程を
モデル化するには、やはり記号主義的なアプローチには限界があるはずで、コネクショニズム的
アプローチに否が応でも期待してしまう。
3つ目のメモ。
菊池氏の積乱雲や雪崩、噴火といった自然現象の、映像をとおした視覚的な再現研究において、
得られた再現をいかにして評価するのか、という堀川氏からの質問に対し、再現されたCGを見て
人が実物と比べて似てると思ったかどうかがすべて、という答えが返ってきたことは、かなり強
度のある真実だと感じたこと。つまりそう「見える」ことが唯一大事なことなのだ。モデル化と
いうのは本質的にそういうことだということをあらためて強く感じた(こう言い切るといろいろ
と誤解も生みそうだが、詳細はぜひともYouTubeにアップされている同会議記録(クリックする
とYouTubeへリンクします)をご覧いただきたい)。
そして冒頭の問題意識に戻りつつ、3つのメモを一つに編み込んでおけば、ある現象をそう「見
える」ものとしてモデル化できれば、それが記号主義的であれコネクショニズムであれそのハイ
ブリッドであれ、我々はそれに反応できるようになるのであり、「サイボーグ化」に介入する
フィードバックループは回すことができる。そしてそれを拡張現実は位置情報により現実の時空
間の一点に差し戻すことも可能にしつつある。
次回以降の建築情報学会キックオフ準備会議が実に楽しみだ。