Magazine(マガジン)

コラム

BIMを推進する3つのトップダウン

2018.04.17

パラメトリック・ボイス               芝浦工業大学 志手一哉

この数年、いくつかの国でBIMの動向を見てきたが、BIMの進め方に3つのパターンがあるよ
うに感じている。

1つ目は政府主導でBIMを推進するもので、イギリスがその代表格である。みなさんも良くご
存じのようにイギリスは、2011年に政府が発表した「Government Construction Strategy」
で、2016年までに公共プロジェクトでBIMの利用を宣言したことを発端にBIM Task Group
が政府出資で結成され、そこで検討された成果を元にして、BSI(英国規格協会)から2013年
に発刊された、BIM Level 2を達成するための要件を定義した「PAS 1192-2:2013
Specification for information management for thecapital/delivery phase of construction projects using building information modelling」をはじめとするBIMに関する標準文書群が
纏められている。さらに王立英国建築家協会(RIBA)のナレジマネジメントビジネスを展
開する部「RIBA Enterprise」が有する、仕様書等を販売してきた企業であるNBS(National
Building Specification)がPAS1192-2に呼応した各種のツールやBIMオブジクトのライブ
ラリーを開発・公開し、プロジェクトでBIMを利用する環境が整えられた。現地の実務家の中
にはNBSが提供するツール群に批判的な意見も少なくないが、その内容を熟知した上での批判
であり、PAS1192-2などBIM関連の標準文書やNBSの考え方が業界にきちんと認識される取り
組みや教育があることをうかがわせる。また、筆者が訪問したどの企業でも、政府によるBIM
に対する宣言を高く評価していた。イギリスではBIM Level 2を達成済みで、2025年の
BIM Level 3達成に向けて動き出していると言うが、実務ではまだこれからBIMが普及するか
という印象を受ける。しかし、政府のトップダウンでBIMに取り組む環境が整備された状態を
鑑みればPAS1192-2で描くBIMの理想が一般的な建築生産プロセスとなる近未来を想定して
おく必要があろう。こうしたイギリスの動きに同調するのがマレーシアやベトナムで、
PAS1192-2も参考にしつつ2020年の公表を目指して策定中のBIMガイドライン、各種ツール
やBIMオブジェクトライブラリの提供を、政府主導のもとに進めている。また
buildingSMART Internationalが提唱するBIM標準システムに基づいた「BIM適用のための統
一基準」や「施工におけるBIMの応用基準」を2018年1月に施行し中国も、政府によるトップ
ダウンのBIM推進と言えるだろう。

それに対してアメリカは、発注者ごとにBIMのガイドラインが策定され、プロジェクトに応じ
てBIM実行計画書(BIM execution Plan:BEP)がカスタマイズされる傾向があり、プロジェ
クトによるトップダウンのBIM推進と表現できよう。ここでのキーストーンは政府でなく官民
の発注者である。プロジェクトに参集する企業の技術者がBIMを積極的に展開し、そこで得ら
れた知見や経験あるいはイノベーションは、AGC(Associated General Contractors of
America)やLean Construction Instituteのような業界団体を介して個人が学ぶ。BIMを適材
適所で利用しつつ、Pre-ConstructionやSpec-Writingなど従来の業務をコンカレントに実施す
る方向に発注方式が変化していることは、プロジェクト主導のBIM推進を象徴していると言え
まいか。

翻って日本は、設計や施工の企業が社内標準としてBIMに関する標準を制定し、社員に対して
教育をする、企業によるトップダウンのBIM推進と表現できる。ここでは、公共財ではなく差
別化のためのツールとしてBIMが語られる場面が多く、その技術的な可能性を追求した取り組
みで世界的にトップレベルのBIMの活用事例が散見される。また、BIMに取り組む企業自身に
還元される直接的なメリットが重視されるためか、業務上の目的や成果物とBIMを直結させる
意識が強いことも、設計や施工の企業が主導するBIM推進の特徴と言えそうである。シンガ
ポールは政府BIMの推進を主導しているが、BCAのBIMやVDCのガイドはBIM技術の利用や応
用の一例を提示している印象が強く、建築確認でのBIMモデルの提出やBIM FundによるBIM
の取り組みに対する助成、Buildable DesignのConstructability ScoreにおけるBIM利用の評
価など、政府はインセンティブの付与に徹して企業努力のBIM活用に期待していると解釈する
こともできる。さすれば、日本と同様に、企業によるトップダウンのBIM推進に分類しても良
いかと思う。

以上のごとく、「政府によるトップダウン」、「プロジェクトによるトップダウン」、「企業
によるトップダウン」という、BIM推進の3つのパターンを概観したが、それらの優劣を付け
ることにあまり意味はない。BIM推進のありようは、各々の国における建設業の歴史的経路に
依存して今日の姿があり、これまでの経路に依存した確率的な範囲の内で進化していくと思わ
れる。BIMが広く普及する近未来に飛躍的なイノベーションを期待するならば、自国が含まれ
る分類以外のパターンから何を学ぶかが重要である。

志手 一哉 氏

芝浦工業大学 建築学部  建築学科 教授