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コラム

車のビッグデータの先は

2018.04.26

ArchiFuture's Eye               ARX建築研究所 松家 克

1989年に、機能と可能性に興味を持った“カーナビゲーション”搭載のホンダ・レジェンド
クーペを購入した。当時は、カーナビが目新しくGPS方式以前の初期タイプ。ホンダ青山本社
の設計業務の折に、このナビ開発にはゴキブリ神経を徹底的に解明した基礎研究があった、と
聞いた。え、ゴキブリを?と驚いた記憶が今も残っている。
 
1992年の建築文化4月号で、六鹿正治氏と北山恒氏と私の40代前半の3人で特集「東京近未来
の風景」で東京をいくつかのエリアで俯瞰し、未来世紀「東京」の萠芽を語り纏めた。渋谷・
青山周辺を巡る項の冒頭の写真がこの時のナビ。青山探訪に同行したカメラマンが、このナビ
を珍しがり喜々として撮影し掲載した。久しぶりに引っ張り出してみるとバブルの匂いが残る
この号には、私が生まれた南紀白浜の異質の“ホテル川久”も掲載されており、改めて“環境と業
務”の二十数年余りの変遷に気づかされた。同時期にホンダのF1エンジンのチューンナップを
ミッションとしていた「無限」の本田博俊氏に雑誌の取材で話をお聞きする機会があったが、
この頃の日本はF1世界選手権4年連続優勝も含め、消費文化の燃え上がるような勢いの真っ只
中にあった。この状況下での日本初のナビは、加速度センサーとジャイロ、タイヤの回転に伴
う車速信号などによる最先端の自立航法。とは言え、残念ながら当時は精度も低くナビ表示で
は、時々、東京湾洋上を快走していた。この後、GPS方式の採用とインターネットとの接続と
いう進化を遂げ、蓄積されたビッグデータと併せ、車を拡大変化させている。
日本初のカーナビが世に出た80年代後半はCAD化への波の初期で、日本建築家協会の情報開発
部会は、ソフトやハードの比較検討協議や事例見学、セミナー、京都工繊大の山口研、熊本大
の両角研、大阪大の笹田研での取り組み方をお聞きする、などで活発に活動していた。今や建
築関連はハードの進化も含めBIM化の波が大きなうねりとなり、設計や施工の環境も車とナビ
に歩調を合わせるように大変化を遂げつつある。片や日本のGPSは、JAXAが中心となり、独自
システム構築と高度化を目指し、その誤差を最小6~12cmへと進化させている。都市と建築を
含めたこれらとパラレルの動きが、今や大きな一つのベクトルとなりつつあり、社会構造の変
革を急加速させている。
 
日本のカーナビの原点は、1981年に登場した前述のホンダのカーナビだという。初期は目的地
に導くガイド役で、最適なルートの選定、燃費向上、快適なドライブ確保などに限定された機
能であった。これが、GPSやインターネットと繋がることにより重要なツールへと大展開して
いる。開発初期から「新しい機能の創造が可能」になると、今あるカーナビのコンセプトその
ものが謳われていたという。その慧眼力には驚かされる。2003年、ホンダは、走行車を状況検
知センサーとして利用し、車で得られたデータを交通管理や他の車の走行支援にフィードバッ
クする仕組みの「フローティングカーシステム」を世界で初の実用化。90年代半ばには、高度
道路交通システム=ITSの構想も本格化。ナビの高度化の一つに数えられるリアルタイム交通情
報システムのVICSも稼働が開始され、各社が受信内蔵ナビを発売。その後、このシステムは急
速に進化を遂げ、カーナビでのビッグデータの有効利用が現実化しつつある。
トヨタは、数年前から重要なビッグデータの構築に邁進しているという。今では、車が、即時
に高質で多様な外部データとコラボできるコンピュテーショナルな機能を持ち、動く業務と生
活支援の空間へと変化しつつある。都市や建築、住宅とも密接にかかわりあっていくものと想
定される。車の特性が、都市や建築と深く関わりあい、歴史上で類を見ない大変革期を迎えて
いる。トヨタの社長も危機感と期待感を持って近未来を推し量っているという。このトヨタが、
今年の技術見本市「CES」で箱型の「eパレット・コンセプト」と呼ぶ電気自動車を発表し、
車メーカーからモビリティサービスの会社を目指すとともに、可能性は無限大と社長自ら宣言
したという。
一方、グーグルは、巨大なデータセンターを運営し、最近は車に直接搭載するアンドロイド系
の開発を進めているという。車のビジネスのモデルを変化させる戦術を持って進めているよう
だ。併せ、自動運転には、特に日本を中心に都市と建築をデザインする必要性が見えてきたと
もいう。グーグルの投資先には、建築や都市デザインにかかわる企業も含まれ、車に限らず空
の移動にも興味を示している。トヨタは、これに負けずとビッグデータの構築を4、5年前から
脈々と進めており、コンピュテーショナルな動く空間構築に向おうとしつつある。車と対話し、
生体認識による体調管理や通訳、観光ガイドなども一部実現しているという。EU では今年の
4月以降、新発売の全車に重大事故の発生時に自動で緊急通報が行われる「eCall」システムの
搭載が義務付けられた。事故発生時の緊急対応の迅速化などの効果が期待され、多くの人命救
助が出来ると試算されているという。情報と車の領域の垣根がなくなりつつあり、共存共栄関
係も築きつつある。
 
異なるフィールドのスポーツ界では、サッカーなどの競技者に発信機を付け、ゲーム中の一人
一人の位置と動きや速さをデータ化。個人と競技の動きのフォーメーション分析が始まってい
るという。AIと組合せ、サインプレーなどでゲーム組み立ての密度の高い検討も出来、ワール
ドカップなどに成果が出ないだろうか。北海道のニセコ地域のスキー場では、IoT技術を活用
したスキー客の位置や動きを把握する救助対策の実証実験を始めたともいう。日本独自の衛星
を持った現在、人や動物などにGPSを装着し細かい動きをビッグデータ化し分析していくこと
も可能となりそうだ。
 
現在と未来の都市のイメージが共有出来るシミュレーション・プレゼンテーションツールの一
つとして、都市全体をバーズアイで俯瞰することが出来る森ビル独自の手法で作り上げた
1/1,000スケールの詳細な都市模型がある。中国でも同様なものを見た。都市の構成、街や建
築のスケール、位置関係なども一目で容易に把握できる。これら模型と併用しながら今後の建
築や都市の計画では、ビッグデータに支えられたBIMが不可分となるだろう。設計事務所にの
みならず、建築に関するビッグデータが活用できる環境を建築家協会(JIA)や建築学会(AIJ)な
どの団体が持つか、国が支援検討に入るべき時期ではないだろうか、などと希求している。

1989年製 ホンダナビ(建築文化1992年4月号より)

1989年製 ホンダナビ(建築文化1992年4月号より)




 

松家 克 氏

ARX建築研究所 代表