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コラム

【BIMの話】チャンピオンに俺はなる

2018.08.28

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

先日、ニューヨークで開催されたAdvancing Computational Building Designという会議に
参加しました。その冒頭、モデレータであるRyan Cameronの発したメッセージはこのよう
なものでした。
「私達はなぜこの会議に参加するのだろう?それは私達がこの分野BIMやComputational Designという領域におけるチャンピオンだからだ。チャンピオンは全てを請け負う存在だ。
チャンピオンがするように考え、話し、行動しよう。それによって組織から言い訳を追い出
そうその帰結は?――あなた自身が筋の通った一貫性のある人物になるということだ
私が過去のコラムであれこれと言葉を選びつつ言おうとしていた内容が、2日間にわたる会
議の冒頭わずか30秒で結論づけられたのは痛快ですばらしい場所があるものだと心から感
じました。
 
BIMチャンピオンという言葉は、英語のBIM関係の記事やプレゼンテーションではよく聞か
れます。こちらのサイトによればバズワードであるとすら言われており、BIMコミュニティ
の中では頻出かつ重要な言葉であると言って良いでしょう。
組織でのBIM導入ではBIMチャンピオンを探すことが重要であり、そのBIMチャンピオンが
組織内での導入・展開の鍵を握る人物であるという期待のもと、必要な権限を委譲し、職能
を確立・醸成していく必要がある。このような文脈でBIMチャンピオンは定義され、議論さ
れます。
 
ふと疑問に思って調べたところ、チャンピオンとは必ずしも「選手権大会の優勝者」を意味
しないということを知りました。Championとはcampus:平原に由来する言葉で(それゆ
えチャンピオンとキャンパス、キャンプの語源は同じです)、もともとは部族間の紛争解決
の際に行われていた野原での一騎打ちの代表者を指しました*。日本語辞書でもチャンピオ
ンには「ある分野の第一人者」また「(主義・主張の)擁護者」という意味があるとされ
選手権保持者や優勝者という意味は当然あるものの、上記のような多義語であることがわか
ります。
私はチャンピオンと聞くとロッキーのテーマが頭の中に流れてくるので、BIMチャンピオン
という言葉にもついチャンピオンベルトのイメージがくっついてきます。そのためBIMチャ
ンピオンとは何かと戦って勝利を収めた人というイメージがあり、英語圏の人は好戦的です
ねと勝手に納得しかかっていましたが、そう思ってあらためて噛みしめるとだいぶ味わい深
い表現であることがわかります。
 
つまりBIMチャンピオンは、何かの戦いで勝利を収めた人というよりは、その組織やグルー
プでBIMに関して第一人者と目されていて、様々な人がBIMに対して疑いの目が向けられた
時にはそれに同調するのではなく、周囲の人々のためにもそれまでの取り組みを養護し、主
張し、時には戦う(一騎打ちとまでは行かなくとも)。そのような存在として考えると
しかにそんな人が身近に居れば素晴らしいし、そのように人格を伴って行動できるキーマン
を持つ(持ち続ける)ことは組織にとって重要です。
よく考えればQueenのWe Are The Championsも“And we'll keep on fighting 'til the end”
勝ちを納めてチャンピオンになったら終わりではないようですいえフレディーマーキ
リーはおそらく優勝したチャンピオンのことを歌ったのでしょうけれども、それでもです。
 
前述の会議の中で、”Superusers: How Design Technologists Drive Architectural
Practice”の著者であるRandy Deutschはこう述べていました。
「建築データサイエンスプログラマー異なる専門を超えて話ができる我々の世代のジ
ネラリストたる建築家像を私はsuperuserと呼ぶパフォーマンスが高く機能性が高く
いつながりを持ち、高いモチベーションを維持し続ける。Superuserはこの業界に確かにい
るのに、めったに見つからなくて、見つかっても組織に馴染みにくくて、昇進も難しい。そ
んな人々は次々と建設業を離れてスタートアップ企業に移っていってしまっている。待って
くれ!建築はすでにあまりにも多くの人材を失ってきてしまっている。」
「Superuserは周囲に高い影響力を発揮する心持ちを有しているしかしそれだけではない
自分でコード(プログラム)が書けること。コミュニティを自分の手で作り上げられること
それが重要だ。これまではワークフロー、仕事の手続きが道標だった。今はあなた自身が道
標とならなければならない。Superuserがこれからの時代に仕事を失うことはない。」
 
ときどき、建築に身をおいて生きていくうえでBIMに全身を預けてよいのか、自問すること
がありました。今はそれに答えがあります。
データを作ることなしに建築を作ることはもう出来ません。より良いデータが必要です。そ
れは生活スキルと似ていて、BIMもプログラミングも、皆がある程度は身につける必要があ
るし、中にはそのことに長けた人間も幾人かは必要で、私はそれを目指しています。
 
たとえば生活スキルとしての食を考えると、生きていくうえで簡単な料理を自炊するスキル
は欠かせないが、それと別にプロの料理人がいて、その人からレシピを学んだり、その人の
技を楽しんだりするように。色々と便利なものが手に入る食文化の中でも、自分で作ること
で料理への主体性と楽しみが手元に残り、食事が生活にちゃんと根を下ろすように。できる
なら、それに気づいている人たち同士の交流や活動に貢献できるように。その仕事が無くな
る理由はありません。我々にとって本質的だからです。
 
言葉は文化だから、適切な訳語がない場合もあるし、訳せても馴染みよく理解されるとは限
りません。その意味で、BIMチャンピオンという言葉は日本語だとどうにも手触りが硬すぎ
る気がします。「ちゃんとBIMをやっている」ということを過不足なく伝える名前がなかな
か出てきませんが、そんな存在があり得て、私がそんな存在でありたいという感覚はきっと
わかっていただけるのではないかと思います。
 
ところで上記で食のたとえが出てくる程度には食事も料理も私は好きで、それが高じてブロ
グを書いたり
している私です。様々なノンアルコール飲料を酒好きの立場から書いた記事を
ある読者の方が評してくださって曰く、「ピア感が良い」と。上から目線ではなく、実際に
酒を愛する立場から、その楽しみを十分知っている視点でノンアルコールを論じている、
peer(同輩、同等の者)の視点が良かったとのこと。なるほど私が良いと思う書きぶり
はそういう風に言うのね、と気づき有難く思いました。
 
BIMチャンピオンもきっと、誰にも追いつけない勝者なのではなく、周りの人々のために立
ち上がるちょっと勇気のある仲間というイメージであることでしょう。そういうことなら
私も何かそういう立場に近づいていけそうな気がします。
 
「ちゃんと」「ピア感」……。
 
本気で書いた文章をオヤジギャグのようなオチで台無しにするのも持ち味のうちと思ってい
ただけましたら。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授