アナ&デジ、もの創りと表現
2018.09.13
ArchiFuture's Eye ARX建築研究所 松家 克
酷暑で異常気象、台風のダブル上陸やゲリラ豪雨と叫ばれながらも処暑を過ぎると初秋の兆し
がある。チチロやツクツクボウシも鳴き、すすきも穂を出し始め、アキアカネもプカリフワリ。
暦どおりに季節が移り変わるのを強く感じる。この暦は、先人生活の歴史の積み重ねだと改め
て再認識した夏。長い歴史の暦に人智の足りない地球環境の悪化が勝り、暦に変化が来るのだ
ろうか?それにしてもまだ暑い。
この暑いさなかの7月、ものづくりと表現でのデジタルとアナログの役割を考えさせられた。
それが“FUKUOKA growth next”で武蔵野美術大学(MAU)とmsbとが共催した「アート&デザ
イン2018福岡」である。舞台は、福岡の旧大名小学校をスタートアップ支援施設にコンバー
ジョンした魅力的な空間であり、シェアオフィス、カフェ、会議室、イベントホールなどが入
る複合施設。
このイベントは、Archi Futureと同様に、施設の複数会場でセッションを同時に進める形式。
メインホールでは『創造の穴:イノベーションを起こすクリエイティヴとは?』をテーマに、
◆リリー・フランキー氏、福岡出身、ムサビ卒。今年の第71回フランスのカンヌ国際映画祭
で是枝裕和監督が、最高賞パルムドールを受賞した「万引き家族」など多くの映画に出演。俳
優、イラストレーター、小説家など多彩な顔を持つ。◆中島信也氏、福岡出身、ムサビ卒。日
清食品カップヌードル「hungry ? シリーズ」のCMで、1993年に日本人初のカンヌ国際広告祭
グランプリを受賞。現在は、伊右衛門シリーズなどを手掛ける売れっ子CMディレクター。広告
業界で、いち早くCM映像のデジタル化に取り組んだ先駆者でもある。◆若杉浩一氏、熊本天草
郡出身、九州芸術工科大(現九州大)卒。パワープレイス・ディレクター、南雲勝志氏と日本
中に杉のプロダクトを増やすとのコンセプトを掲げて地域や社会に働きかける「日本全国スギ
ダラケ倶楽部」の設立者。杉材をテーマにユニークなデザイン活動を続けている。◆長澤忠徳
氏、武蔵野美術大学学長。ジャンルや形式を限定しない幅広いカルチュラル・エンジニアリン
グ活動を国内外で展開している。この四人によるパネルディスカッション。映画のパルムドー
ル受賞の反響もあり、多くの参加者となった。固いテーマにもかかわらず、ディスカッション
はバラエティーのごとく速いテンポと魅力ある展開で進められた。ものづくりや表現の根源な
どにも触れられ、笑いの絶えない1時間半となった。内容は別稿に譲るが、通常は目に出来ない
中島氏のCM用の絵コンテの展示も併設された。
ちなみに絵コンテは、CMを作る指示書の役割をする重要なもので、コンセプトを元にシナリオ
をスケッチで具現化。撮影スタッフ、出演者にディレクターの考えを伝える原案シートであり、
制作のプロセスが見える撮影台本ともいえる。これに基づき、ロケなどで撮影を進め、さらに
ハイスペックのPCや高性能最新デジタル編集機などでの最終編集工程を経て完成させるという。
まさにアナログと最新デジタル手法の連携で、多くの話題のCMは制作されている。
もう一つは“すずきらな”さんの“黒板ジャック” 通常は、小・中学校の卒業式の朝、登校した教
室の黒板にチョークで絵が描かれているというサプライズ。当然、描くプロセスはアナログ。
今回は、儚くも消し去るまでのおよそ2~3時間のパフォーマンスとなった。子供たちは、絵の
完成度も高く、消し去る前のカウントダウンもあって、大喜び。この黒板に描くプロセスをYouTubeやインスタグラムなどで情報提供。このデジタルでのSNS手法は多くの人の興味を喚
起する役割を担っているといえる。
併せ、施設内のアトリエでの親子ワークショップ。ファシリテーターは松岡勇樹氏、大分出身、
ムサビ建築学科修士卒。ダンボールの板から創る大小の動物や鳥、恐竜、人のボディなどの作
品も展示。デザインされたCAD入力のデジタルデータを基に、レーザーカッターで、正確に
カッティングした部材を子供たちの小さな手で組み立てる。喜々とした顔でもくもくと一心不
乱に、この部材を組み立て始める。鳥になり、動物になり、恐竜になり形が造り上げられてい
く。ここは、AIロボットで組み立てても意味がない。子供たちが自分で創った作品であり、既
成品ではない。手の感触による思い出と記憶となる。同じ部材でも組み立てる子供たちの主観
や発想とプロセスによって、出来上がりも微妙に異なる。ここが楽しく面白い。最後の仕上色
にも個性が見られる。単なるダンボールの一枚の板が、立体となり個性を持ち、美しい創造的
な造形物となる。子供たちにとっては、ワクワクする時間だっただろう。自分の造形物を手に
した撮影では、とても嬉しそうで素敵な顔を見せていた。この笑顔だけで、日頃、建築基準法
だ、ICTだとの日常を癒される感があった。イベント全体の延べ参加人数を400~500人と想定
したが、それ以上の1,600人を超える参加者があり、大盛況となった。現在、アナとデジの組
合せで、このようなアート領域での良き展開は、多く見られる。この組合せの妙で、創造的で
楽しく美しいアートが新たに生まれることを大いに期待したい。
話は変わるが、手による作業で制作された布や粘土(クレイ)などでの造形物をコマ撮りし、
アニメーション化するドワーフスタジオの表現は、動きや造形物に温かみがあり、編集作業に
は最新のデジタル技術が投入されていると考えられる。アナとデジの連携による表現の結晶と
いえ、このスタジオで制作されたNHKの“どーもくん”には、一服の清涼効果がある。このよう
なコマ撮りができるソフトは多く存在し、iPhoneやiPadでも簡単に撮影可能なソフトウェアが
公開されている。アナとデジを手軽に素人でも楽しめる。
最後に、落語家の金原亭世之介師匠と日本画家の内田あぐりさんは、インスタグラムなどで盛
んに情報を発信している。伝統的な落語家や画家の在りようとは異なるようだ。ただ、寄席で
落語を噺たり、日本画を描き表現するだけでなく、人となりをSNSで情報をオープン化しファ
ン層を拡げる。テレビの発展時にも新展開があったと想像できるが、同様にデジタル時代では、
この事例のようにアナ系とデジ系との連携に大きな変化と展開が見られる。中国のシリコン
バレーと呼ばれ、住民の平均年齢が32歳で、ドローンでトップシェアの「DJI」の本拠地でも
ある深圳が、デジタルの最新技術とこれを駆使したアートで、今、注目を浴びている。良品計
画が手掛けた初の“MUJI HOTEL”も開業し、ここ40年くらいで急激に発展した先進都市でもあ
る。蛇口地域には、槇文彦氏が設計を手掛け、ギャラリーなども入る“海上世界文化芸術中心”
やSOMが設計した事務所など、魅力的なアート環境も整いつつある。まさに優れたアナログあ
るところに優れたデジタルありである。
この原稿の入力中に、現在のデジタル環境で考えさせられるニュースが伝えられた。CAD・BIM
データで3次元プリンターを用いプラスティック銃を製作する事例である。デジタル化された
データを基に素人が部材を作成し組み立てる。機内持ち込みも可能な銃だという。このデータを
オープン化するというのである。シアトル州連邦地裁判事が、公開を阻止する仮差し止め命令
を出したというが、日本も含め、既に数千人が図面のデータをダウンロードしているのではない
かという。米国での法廷闘争は、今後も継続される。
アナとデジの連携の先には、新たな課題も見え隠れするが、興味は尽きない。