今こそ日本に合ったデジタルデザイン教育を
2018.09.18
パラメトリック・ボイス 広島工業大学 杉田 宗
今年のArchi Futureに登壇させて頂くことになりました、広島工業大学環境学部建築デザイン
学科の杉田宗です。Archi Futureは実務寄りの参加者が多い中、今回は教育の観点から建築と
デジタルの関係についてお話させて頂く予定です。今私が考える建築教育の抱える課題を、実
務に関わる方々と共有すると共に、これまでには少なかった、教育者の参加者に向けてのメッ
セージを込めた内容にしようと考えています。
昨今、世界の水準と比べ、日本の教育におけるデジタル技術へのリテラシーの低さは様々な場
面で議論に上がっています。中でも建築やデザイン教育での遅れは顕著で、その遅れを取り戻
す必要性が叫ばれる一方、「BIM元年」と呼ばれている2009年から、大きな変化のないまま
10年程が経ってしまった状態だと感じています。
私が13年間の海外生活を終えて帰国したのがその頃になります。高校3年生の時の米国への交
換留学生がきっかけとなり、学部時代にはニューヨークでインテリアデザインを学び、卒業後
はいくつかの設計事務所にて、インテリアデザインから建築まで様々なプロジェクトに関わり
ました。2006年には1年間北京に渡り、当時カナダのアブソルートタワーのコンペに勝利した
ばかりのMADで働いた時期もあります。その後、改めて建築を学ぶために、ペンシルバニア大
学の修士課程に進み、セシル・バルモンドの元でアルゴリズム建築の研究に従事しました。
私が帰国した当時は、東大でDigital Tea Houseが作られたり、noizの豊田啓介さんたちが東京
芸大でGrasshopperの授業をスタートしたりと、デジタルデザイン教育の話題が多い時期でも
ありました。私自身、帰国から2年後の2012年から2014年まで、東京大学工学部建築学専攻
小渕研究室/G30のコースアシスタントとして、昨年のArchi Futureに登壇した木内俊克さんや
吉田博則さんと一緒にDFLパビリオンや学生の指導に関わってきました。その後2015年に現職
に就き、広島工業大学でのデジタルデザイン教育の立ち上げに関わってきました。
自己紹介が長くなってしまいましたが、そろそろ本題に入りましょう。私が帰国した際に抱い
た疑問は、
「なぜ日本の建築教育でデジタルデザインは浸透しないのか?」
でした。良く言われる原因の一つが人材です。「ソフトを教えることのできる教員がいない」
や「機材を動かせる教員がいない」とよく耳にします。一番酷いのは「大学はソフトを教える
場ではないので、学生が自主的に学ぶべき」で、これを聞いた時には、私は目を閉じて気を落
ち着かせるようにしています。こういった意見がある以上、まだまだ海外との差は縮みません。
人材の問題は、本来学科の方針で解決されるべきです。米国や欧州の大学ではDeanが変わる
ことで、非常勤の教員もガラッと変わることがあります。大統領選挙と同じようにトップが強
い力を持ち、明確な方針や方向性が存在し、「どういった教育をするのか?」という問いの答
えとして、教員が集められることもしばしば。日本に比べると組織自体が流動的だと言えます。
「デジタル系」や「論理系」といった具合に、大学によってカラーが大きく異なる為、お互い
を意識することも多く、同時に相手の良い所は積極的に取り入れる潔さもあります。デジタル
デザイン教育では不可欠になる3Dソフトやデジタル加工機器はこういった土壌の中で拡がって
きました。
日本の大学では入試や就職が学科の方針を決める重要な要因になる場合が多く、他大学を含め
た横の意識よりも、高校生や社会を見据えた縦の意識である点において、海外の大学とは大き
な違いがあります。また、日本の研究室制度の特徴とも言えますが、各教員は自分の専門の分
野においては非常に深く掘り下げ、様々な研究を進めていますが、建築全体としての、「建築
の未来像」を他の教員と共有する機会は少なく、その為に未来へのビジョンをもった教育とは
いいがたい状況でしょう。こういった背景から、大学のシステムが大きく異なる日本において、
海外のやり方をそのまま持ってきても根付かない可能性が高いと考え、日本のシステムに浸透
しやすい仕組みを意識しながら、広工大でのデジタルデザイン教育を立ち上げました。
広島工業大学の建築デザイン学科は、2016年の学科改編の際に、「建築」を軸としたより幅
広いものづくりを教えることを目指し、「木工・インテリア」と「デジタルデザイン」の二つ
の柱を加えました。現在私が担当しているデジタルデザイン系授業は
『コンピュテーショナルデザイン(1年後期)』
『デジタルファブリケーション(2年前期)』
『BIM実習(2年後期)』
の3つで構成されています。それぞれの授業の内容については、セミナーで詳しく説明させて
頂く予定ですが、『コンピュテーショナルデザイン』ではGrasshopperを含めたモデリング
技術の習得を目標としており、4つの課題を通して、3Dで考え、3Dでデザインする力を養い
ます。現在、ほとんどの1年生が履修しているので110名程の規模です。次に履修する『デジ
タルファブリケーション』では、3Dでデザインされたものを具現化していく力に重点を置い
ています。レーザーカッター、3Dプリンター、NC加工機を使う3つの課題があり、例えば本
年度最終課題であった『スタッキングツール』では3人1組になり、NC加工機で制作すること
のできる腰掛をゼロからデザインし、ShopBot用の加工データまでを作成させ、1:1のプロト
タイプを制作します。ここまでの2つの授業では、家具から建築までの幅広いスケールを意識
していますが、ここからより建築の実践に近いデジタル技術として『BIM実習』を履修する
こともできます。この段階で履修者は60名くらいになっているので、強制的にRevitと
ARCHICAD の2つのグループに分け、2つの課題を競わせながら、BIMを教えています。上記
の3つの授業を履修し、デジタルデザインに興味のある学生は、3年前期から私の研究室に配
属され、コンピュテーショナルデザインやデジタルファブリケーションの研究に取り組みます。
3つの授業で幅広い内容を教えていますが、これらは今後建築業界では最低限必要になるデジ
タル技術だと思っています。そして、これらの知識や技術は言語と同じで、早い時期に身に
着けることで、自分の世界が広がります。手書き図面や模型の重要性もありますが、デジタ
ル技術はこういったアナログの手法を代替するものではなく、拡張させるものであると捉え
る必要があります。アナログvsデジタルの議論ばかりが盛り上がりますが、結果的にそう
いった議論がこの10年の教育の質を上げることには繋がっていません。そろそろその議論に
は終止符を打って、次のステージに向かう時にきています。
ちなみに、『デジタルファブリケーション』では毎年学生のアウトプットが更新・発展され、
オープンキャンパスでの展示の目玉の1つになっています。オープンキャンパスは大学をあげ
ての重要なイベントになっており、そこで高校生の興味を引き付ける要素は不可欠です。デ
ジタルファブリケーションの施設含め、建築デザイン学科のインパクトになりつつあります。
一方『BIM実習』は就職を意識しています。まだまだBIMを触ったこともない学生が多い中で、
BIMが使えることが武器になる時代です。そういった学生を広島から大量に輩出することは、
企業にとっても良いアピールになると思っています。こういった形でまずは、既存の縦への意
識を尊重させながら、今後の横の意識を刺激できないかと考えています。
初回のコラムということもあり、長い文章になってしまいましたが、私自身や広工大建築デザ
イン学科のデジタルデザイン教育について理解いただけたかと思います。Archi Futureは建築
業界におけるデジタル技術に関する幅広い議論が展開されますが、そこには「建築の未来像」
に関する多くのヒントが隠れています。しかしながら、そういったビジョンはなかなか今の学
生達に伝わっていません。教育に関わる人にこそ、Archi Futureに参加してもらい、個々が持
つ「建築の未来像」をアップデートして頂くことが出来れば、次の10年は大きな進歩の時代に
なるのではないかと思っています。