広島をBIMの街に!
2018.10.16
パラメトリック・ボイス 広島工業大学 杉田 宗
第1回目のコラムでは、「今こそ日本にあったデジタルデザイン教育を」と題し、広島工業大
学建築デザイン学科でのデジタルデザイン教育についてご紹介させて頂きましたが、第2回目
となる今回は学外へ視線を切り替え、広島で展開している活動についてご紹介させて頂こうと
思います。
デジタル技術の重要性が高まる一方で、日本の建築教育におけるデジタルデザインは認知度が
上がってきた程度で、まだまだ教育に組み込まれるまでには至っておりません。こういった状
況の中で広工大が特別な存在になってしまうこと自体、異常事態だと私は感じています。しか
しながら、この問題は教育だけではなく、建設業界全体に言えるというのが、もっとも深刻な
ところです。そこで、広工大のデジタルデザインを発展させるとともに、それを社会に繋げて
いき、建設業界全体に影響を与えていくことが、我々の役割の1つなのではないかと勝手に考
えてきました。
この役割を進めて行くため、私が広工大に着任した直後の2017年に、杉田宗研究室が中心とな
り、学内外の研究室や企業と提携し様々な研究や活動を行うためのプラットフォーム
『Hiroshima Design Lab』を立ち上げました。最初にまず、研究室の3年生、4年生、院生の
研究活動を体系的に整理するとともに、積極的に学外との繋がりを作るいくつかのイベントを
企画し、運営し始めました。今回はその中から『ヒロシマBIMゼミ』の活動について紹介させ
て頂こうと思います。
『ヒロシマBIMゼミ』は広工大の『BIM実習』を担当する田原泰浩(田原泰浩建築設計事務所)
と長谷川統一(杉田三郎建築設計事務所)に私を加えた3人が中心となり、広島でBIMについて
の意見交換ができる場として以下の3つの目標を掲げ、2ヶ月に1度のペースで開催しています。
・BIMの活用と普及の推進
・BIMを活かした横断的なコラボレーションの誘発
・BIMを始めとする、建築における新たな情報技術の研究
BIMへの移行が急速に進み始めたとはいえ、そういった動きをとっているのは大規模な組織設
計事務所やスーパーゼネコンが中心で、実際のところ中小企業ではまだまだ自分たちの問題と
して認識できていないのが現実ではないでしょうか。建築業界においても最も時間とお金がか
かるのは人を育てることで、中小企業ではそこへ十分な投資ができないのが実情です。また、
地方に行くとその傾向は強まり、2020年のオリンピックを境に、東京と地方では大きな技術の
差が生じることも予想されます。地方で建築に関わる人たちはこの現状の先に待っている将来
についてもう少し考えてもらいたい。
第1回目のコラムでも紹介したように、広工大の『BIM実習』は毎年50~60名が履修していま
す。これだけの人数が毎年社会に出ていくことを考えると、今度は逆に彼らが大学で学んだ知
識や技術を活かして活躍できる場を社会に増やす必要があることに気づかされました。『ヒロ
シマBIMゼミ』では「学生はどんどん新しいことに挑戦している、広島の企業ももっと積極的
に新しいことに挑戦してほしい」というメッセージも投げかけています。
話は変わりますが、私が学生時代を過ごした米国では、大学が最先端のことを学生に教えてい
ました。主要なソフトも学生版はほとんどが無料で(これは日本国内でも同様ですがほとんど
の教員がそのことを知らない)、学生のうちにいろいろなソフトに触れ、様々なソフトの使い方
を習得します。新しく開発されたソフトも、まずは学生が大学で使い始め、彼らが就職した先
でその良さが伝わり、企業が購入することになれば、中途半端な営業よりもよっぽど効果があ
ります。つまり、新しいソフトや技術は、新卒をとることで企業の中に入ってくる仕組みがで
きているのです。もちろん大学で建築を学んだばかりの新米ではありますが、企業の中には彼
らが持ち込む新しい技術がちゃんとリスペクトされる文化があります。
日本の企業にはこういった文化が少ない様に思います。逆に、業務も人材育成も自社独自でや
ることに強い意志を持っている企業が多いのではないでしょうか。これが社内で新しいことを
始める際の大きな重荷になっている場合があるように感じています。『ヒロシマBIMゼミ』に
参加してくださる企業の方々には、広工大の学生を採用してBIMの導入に繋げてもらうことを
お願いしています。そして、実際に参加している学生をその場で紹介し(広工大は卒業生が多
いので、大体の場合遠い先輩だったりすることが多々ある)、BIMや仕事の話で盛り上がり、
そのまま飲みに連れて行ってもらうような場面を何度も見てきました。私はこういった形で就
職に繋がっていく方が、今の就職活動よりもよっぽど健全なのではないかと思っています。
学生にとって、デジタルデザイン系授業やゼミでの活動が知識や技術を吸収する場であり、
『ヒロシマBIMゼミ』をはじめとする一連のイベントは、身に着けた能力を応用し、社会と繋
がっていく場と捉えています。また同時に、そこは社会が教育と繋がる場でもあり、教育で起
きていることを業界全体に波及させる起点にしたいと考えています。そういった場にするため
には企業と大学というような「組織と組織の場」ではなく、社会人と学生といったような、「人
と人の場」にすることが重要で、その点においては地方というコンパクトなコミュニティーが、
こういった場を作りやすいのではとも感じ始めています。現に毎回30~40名の参加者がありま
すが、同じ建築業界でも、アトリエ系建築家から地元の老舗設計事務所、スーパーゼネコンか
ら工務店まで様々なバックグラウンドの人たちが、BIMやデジタルデザインというテーマのも
とに集まるユニークな建築イベントになっています。我々が掲げている目標の2つ目である
「BIMを活かした横断的なコラボレーションの誘発」も現実味を帯びてきており、数年後には
『ヒロシマBIMゼミ』から実現するBIMプロジェクトも生まれてくるでしょう。広工大の学生は
こんな街でデジタルデザインを学んでいるのです。
最後になりますが、建築教育におけるデジタルデザイン教育の導入は今後スピードを上げて進
んでいくと予想しています。各大学では最初のスタートが1番の壁になると思いますが、この点
については、今後広工大での授業内容をオープンにし、だれでもハックして授業で使えるよう
なものを提供していく計画ですので、それをベースにスタートを切ってもらいたいと思います。
また、将来的には各大学で展開するデジタルデザイン教育がネットワークで繋がり、日本全体
で教育の質を向上させていくような分野になればと考えています。教育が均一化されてくれば、
地域性や大学の特徴がより重要になってくるでしょう。「広島らしさ」や「広工大のビジョン」
が常に問われる時代になった時、「広島にはカープだけでなく、BIMがあるけんね。」と自慢し
たいのです。