BIMへの視線を建設から建物へ
2019.01.10
パラメトリック・ボイス 芝浦工業大学 志手一哉
我々は何か製品を購入するときにスペックを参照するのではないかと思う。例えばパソコンを
購入するときは、プロセッサー、グラフィックス、メモリなどを必ずチェックするだろうし、
車を購入するときは、燃料消費率、総排気量、エンジン型式などを気にする人もいるだろう。
こうしたスペックの確認は、新品を購入するときよりも中古を購入するときの方が入念ではな
いかと想像をする。多くの製品は、主たるスペックが一覧で掲載されていることが多い。一方
で、スペックが性能と完全に合致しない事実も知っている。それでもスペックはその製品の
中古価格を左右する有用な資料である。建築に携わる我々は、建物の購入者に対して建物のス
ペックをどのように提供できているかを考えてみたことはあるだろうか。
建物のスペックは、確認済証、特記仕様書、設計図、共通仕様書などに記載されているほか、CASBEE建築評価認証書など、多岐に亘って表記されている。また、工事請負契約の中心を成
す設計図書の優先順位が「質問回答書>現場説明書>特記仕様書>設計図>共通仕様書」と
なっているので、新築であれ中古であれ、建物の購入者が購入しようとする建物がどのような
スペックになっているのかを正しく認識するのに手間がかかりすぎる。そうした書類を紐解い
て購入者が解読すれば良いと考えるのは、あまりに技術者寄りの意識であろう。建物の供給サ
イドはそれでよしとしても、ストック社会で建物の所有権が繰り返し移転されることを想像す
れば、スペックの情報を一元化するのが合理的であることは火を見るよりも明らかと思われる。
建築の技術者であれば、そこにBIMの役割を見いだすことに不自然を感じる者は少ないのでは
ないか。
英国や米国では、建築のスペックを網羅的に記述した建築仕様書が設計図に優先する契約図書
であると聞く。そうであれば、そのデジタルデータ化が進むことにより、スペック情報の一元
化が期待できる。それらの国におけるNBS CreateやMasterSpecなどのツールの普及、COBie
の意義が重視されている背景に、長期に亘る建物の利活用とスペック情報の記録に関する考慮
があろうことは何となく想像できる。100年後においても異なる建物のスペックを同じ評価軸
で詳細に比較できることは、ストックに投資する者にとって重要な意味を持つのではないかと
思う。そのようなデジタルデータが誰からも求められない日本の建設&不動産(PRE/CRE)
のマネジメント技術は、ストック社会に対して未成熟な状態にあると解釈できるだろうか。あ
るいは、スペックは価格に影響しないと解釈すべきか、筆者にはわからない。
もっとも、スペックで想定された性能がどれだけ発揮されているかを建物の価値として評価す
る手法や指標の研究はこれからの課題であろう。例えば、建物を利用するための経費である
ファシリティコストと建物が収益を上げることのできる基本的な性能の比率は、車の燃料消費
率のような意味合いを持つように思われる。そのような評価の有用性を検証するためには、空
間に様々な情報を関連つけて分析する必要があり、スペック情報を関連付けたBIMとIoTやRPA
の相互連携が重要かもしれない。ストック社会におけるBIMの活用領域は、維持保全の向こう
に限りなく広がっている。我々はそろそろ、BIMへの視線を建設から建物へと移す時期に来て
いるのかもしれない。