温度のあるデータ
2019.03.28
パラメトリック・ボイス 木内建築計画事務所 木内俊克
筆者は2015年から、東京大学建築学専攻 Advanced Design Studies にて都市空間生態学と
題した研究に取り組んでいる。5ヶ年計画でNTT都市開発と取り組んでいる共同研究でちょう
どこの年度末で4年目を終え、次年度が最終年度となる。
2016年度末から2017年度にかけては台東区の三筋・小島・鳥越を対象地域に、2018年度は
豊島区の東池袋界隈から大塚・雑司が谷と連携するエリアを対象地域として研究を行ってきて
おり、次年度も東池袋界隈を主なフォーカスに進めていく予定だ。研究は、地域へのインタ
ビューから分析したテーマを題材に、小さな都市介入を束ねた社会実験を実施し、そのインタ
ビューと実験をとおして得られたデータを元に都市の状態を分析、またその次の介入につなげ
ていくという、データ解析を軸としたボトムアップな都市更新の方法論を取り扱ったものだ。
正式な発表は次年度となるので、研究の仔細はここでは割愛するが、昨年度研究の枠内で書い
たテキストを一部抜粋する。
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・・・人が瞬間に感じられる空間の息づかいや広がりはどうしても限定されていて、「都市」と
いう概念はその感覚や記憶の連なりから人が事後的にイメージすることで生まれるものだとい
うことだ。
だから「都市」という概念は、その成り立ち上(イメージや印象といった定量化しづらい情報
も含めた意味での)データの読み解きからしかアクセスできないものであり、にもかかわらず
データからの読み解きには必ず情報の劣化が伴い、本来誰かが経験した瞬間のかがやきが持っ
ていた質感や温度、新鮮さはデータになることで失われてしまうというジレンマがある。
このジレンマにとらわれすぎれば、事実上都市解析の作業は成立しなくなってしまう。だから
通常、都市解析では、多くの情報を切り捨てながら、何をデータの核とし、対象としたい問題
にとって決定的な質を最低限のデータでいかに保持できるかが、解析の成否に関わってくる。
2015年度に取り扱ったマーケット上のビッグデータ群は、その意味でとても困難なものだった。
データが取得された現場ではおそらく輝きをもっていただろうものが、たとえば集計され、行
政区に紐づけられ、関数をとおし、保管され、私たちの手元に届いたときには元来備わってい
たはずの鮮度や温度はすっかり流れ去ってしまい、食物に例えればどんなにレンジであたため
ようが一度消えてしまった素材のうまみは再現できず、調味料でごまかせば調味料の味しかし
ない、といったようなデータがほとんどだった。
2016年度以降はこうした問題を乗り越える為、少なくともデータ取得からその処理手続きま
でをすべて研究内で行い、いかに鮮度や温度を保ったままデータを解析するかに注意を払って
きた。本報告書の巻頭にあった「“最適化”しきれない物事にこそ価値があるのではないか」と
いう指摘もこの問題意識にもとづいたものだ。つまり、通常は解析の過程で切り捨てられてし
まうようなあいまいさを含んだ、たとえば感覚的な情報の「澱」のようなものの中にこそ、人
が都市を経験し、一つのイメージとして都市像を結ぼうとするときの縁(よすが)があるので
はないか。
2017年度ではこうした考え方を体現すべく、インタビューの全録データをベースとした、まち
の魅力をつくり、発信する方々の視点抽出と、魅力を受けとる側である来街者の方々の高密高
解像度な位置情報履歴の収集を核に、その突き合せを行うという方法を得た。しかしながら、
特にインタビューの全録から何を読み取るかにおいては、上述の意味でのすくいきれていない
情報の澱はまだ大量にあり、いかに温度の高いデータを運用しながら都市のより深い理解につ
なげていけるのか・・・
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2018年度を終えて成果を振り返る中で、あらためてこの「温度のあるデータ」という概念が
面白いと思いメモを記しているわけだが、何にその「温度」が宿るのか、何が「温度」を「温
度」たらしめているのか、その問いこそがつきつめると細かな機微にあふれた、鍵となる問い
だと感じている。データの中に熱量はつまっているのに読み取れない、だからして温度が感じ
られないものもあれば、見たところは熱量がありそうでもよくよく読み込んでみると熱が抜け
てしまっているという場合もある。このArchiFuture Webでの連載でも、先に「公共空間の情
報の所在」という言い方で、人が都市に保持されているどんな情報をいかに関知することで
「都市」という、実態のあやふやな存在を認識し、またその価値を享受しているプロセスに介
入できるのかという問いを立てて、それに関連しそうな記事をいろいろと書いてきたが、問題
意識は同根だ。
必ずしも都市空間生態学研究の主題がそこというわけでもないので、2019年度の中でどこま
で掘り下げられるか正直未知数な部分もあるが、個人的にはその部分に小さくとも確かだと感
じられる一歩をぜひ踏み出せればと思っている。発表の際にはここでもお知らせできればと思
うので、ご興味のある方、まだ一年先の話になりますがぜひご参集いただければ。と、取りと
めもない記事で恐縮ですが、現在形の関心事のメモまでに。