新国立から、国政、インフラ、イベントのデジタル デザインを考える
2015.08.18
ArchiFuture's Eye 日建設計 山梨知彦
新国立競技場のプロジェクトが白紙撤回された。
ザハ案には、規模、複雑な形状、コストそして一連のプロジェクト遂行プロセスなどについて
多くの批判が集中したが、デジタルデザインの分野から見れば、
・コンピュータ内部のバーチャル空間の中でザハが描いたスケッチ(デザイン監修)を
・日本の設計JVが、パラメトリックモデルを用いたBIMにより高品質な設計を行い
・さらに施工者がBIMモデルを用いた本格的なデジタルファブリケーションを行う
といった記念碑的プロジェクトとなると予想していたのだが、世論の高まりの中、白紙撤回と
なった。
成熟し多様な意見が共存する現在の日本において、国家が国民の意見を一つに集約し大型のプ
ロジェクトを成し遂げることの困難さが浮き彫りとなったことに加え、白紙撤回を後押しした
ものがTwitterやブログなどインターネット上に広がる国民の声であったことも間違いない。
ワークショップを超えた広がりを持つ「世論をデジタルデザインする」といった新しい可能性
を示しているようで興味深い。おそらく政府も政治家も、多様性にあふれた現代において国政
を形成していくためには、ICTを適切に用いた「国政のデジタルデザイン」を今後本気で考えて
いかなければならない時代に突入したことを強く実感したに違いない。
とはいえ、競技場の白紙撤回で、その後連鎖反応のように起こるであろうと予想している各種
分野におけるデジタルデザインの遅延および頓挫につながりはしないかと、少々お節介な気分
にもなっている。オリンピックを契機に、各種分野のデジタルデザイン連携を発展させること
で、ポストオリンピック期における日本発の新たな輸出コンテンツを生み出し得るのではなか
ろうかと考えていたからだ。ほとんどの人が心配などしない点であろうが、僕は細々と心配し
ている。
競技場の設計から施工に至る一連のデジタルデザインの流れは、建築分野におけるジャパンク
オリティの輸出コンテンツとして期待できたが、実はこんなものは微々たるものだ。
たとえば、「スイカ」などのシステムと「乗換案内」などのスマートフォン上のアプリケー
ションと、さらにはオリンピックチケットの販売システムを連動させる。個々の観客に推奨
ルートを提示し、観客がそのルートを採用することでチケットのディスカウントを行うような
システムが組めれば、大量の人員を、自宅から会場まで計画的に誘導できるだろう。インフラ
への負担は激減し、新たな投資は不要となることは容易に想像がつく。人員を誘導するための
インフラが、ハードからソフトウエアに変わる。インフラのデジタルデザインだ。成熟した
都市、日本に相応しいシステムのみならず、ASEAN諸国に適用できれば、将来負の遺産となり
得る過大なインフラの建設を事前に抑制することが出来るかもしれない。
さらにそこに観客の個別情報やカメラ認証チェックシステムなど額込まれれば、会場到着時の
認証チェック時に個々の観客の体調不良を察知し熱中症などに事前に対応するなどといった、
高度で個別のサービスを提供できる可能性もある。
競技場は、競技をリアルに観戦する場所ではあるが、2020年の競技場ではWifiによる双方
向の情報交換は必須になる。
見逃したプレイやクローズアップは、会場の大型ディスプレーではなく、個人の好みに合わせ
て手元のモバイルディバイスでアクセスされるであろう。多くの解説者の中からお気に入りの
解説を選び、デジタルディバイスを通してリアルタイムに聞きながら観戦時代になっているこ
とはおそらく間違いがない。飲み物や食べ物の注文のために長蛇の列を売店の前につくること
はなく、手元のモバイルディバイスから注文し、自動的に課金され、手元に商品がデリバリー
されるに違いない。観客は観戦に集中でき、席を離れるのはトイレ休憩ぐらいになってしまう
だろう。こうしたマスカスタイゼーションの時代に相応しいかたちに、競技場はデジタル化さ
れていく。
2020年の競技場は、ライブな場であると同時に、数万人の密集した観客に対して高速でス
トレスのないデジタル情報を提供しなければならない場所でもあるのだ。
五年後の2020年というタイミングは、こういったインフラのソフトウエア化や、ライブな
会場とデジタル情報の統合を実現し、世界に向けて発信するには、早すぎず、遅すぎず、ベス
トのタイミングに思えて、密かに期待していた。新国立競技場の白紙撤回の余波を受け検討の
時間が圧迫されて、こうした各種のデジタルデザインのチャンスを逸さないことを今密かに心
配している。デジタルオタクの戯言と取り合ってもらえそうもないのだが。