「スケール感」ってナンだ?
2019.06.27
パラメトリック・ボイス 広島工業大学 杉田 宗
私は悩んでいます。昨年より、ほぼ1カ月に一度、このArchiFuture Webコラムを書かせて頂
いておりますが、明らかにネタが尽きてきました。これまで大学での教育、特に建築系学科に
おける「デジタルデザイン教育」に視点を当てて続けてきましたが、前回の「オープンソース
で開発される教育は可能か?」でお伝えしたように、広島工業大学環境学部建築デザイン学科
で開講しているデジタルデザイン系授業内容の公開を始めたことで、「デジタルデザイン教育」
を一般化させて行きたいという思いは次のフェーズの準備期間に入りました。「デジタルデザ
イン教育」ネタでのコラムでは、もう繰り返しになってしまう危険性が高い。私は繰り返し話
す癖があるので、それだけは避けたい。
そんなタイミングで、今年度よりデジタルデザイン系授業に加え、広工大の設計の授業の担当
が始まり、建築の「設計教育」への関わりが始まりました。同時に私が幹事を務めさせて頂い
ている建築学会の会誌『建築雑誌』では、現在の設計教育に関する特集を担当することになり、
日本各地の建築系学科が直面している設計教育の課題などについても知ることとなりました。
私の興味は「デジタルデザイン教育」から「設計教育」へと広がり始めており、この
ArchiFuture Webコラムでもその間を横断するような考察を進めて行こうかと思います。この
部分には「アナログ」vs「デジタル」議論や、「コンセプチュアル」vs「プラティカル」議論
など結構根深い話題が多い。
建築系学科における「設計教育」とは、規模や用途の異なる建築の条件を課題として与えられ、
個人またはグループで数カ月間かけて計画を考える授業のことを指します。一般的に『設計演
習』などと呼ばれ、能動的かつ横断的な学びとして建築系学科の基幹科目とされてきました。
建築系学科の出身であれば、すぐに自分が徹夜して課題に取り組んだことを思い出すと思いま
す。学生達が競い合って課題に取り組むイメージこそが、建築系学科のイメージそのものと
いったところですが、実はその状況が大きく変化しています。
教育機関ごとの差はありますが、学生達の設計に対する意欲や興味は全体的に下がっている傾
向にあると言えます。競争意識が低下し、設計課題を通して自分の作品を残すというよりは、
単位が取れるぎりぎりのラインを狙う学生も多い。入学してきた当初は「建築家になりたい」
とか「一級建築士を目指したい」という声が多いのに、2年、3年になるとそういう声は聞かな
くなります。以前は建築系学科の花形だった設計ゼミの立ち位置も変化し、また設計事務所な
ど、就職で設計職を目指す学生は極端に減りました。建築系教員の間では「設計離れ」という
言葉で語られるこの現象は、ここ10年程で急激に進んでいるように思われます。
これには色々な要因が考えられます。カリキュラム全体における授業の厳格化によって、以前
にも増して学生達が忙しくなったことも影響しています。また社会問題としても取り上げられ
ることが増えた「学生の貧困化」もこういうところに現れているでしょう。そして、根強く残
る建築家や設計事務所の悪いイメージの影響も大きいように思います。「低賃金」「長い労働
時間」「自分の時間を持てない仕事」は今の学生にとっては絶対に揃えてはいけない3枚のバ
バ。そんな職種へ勇気を振り絞って飛び込む学生などいるはずもありません(実際はだいぶ働
き方が変わってきているので、世の中の全ての設計事務所が3枚揃えて新入社員を待ち構えて
いる訳ではない)。
つまり、「設計離れ」には設計教育を取り巻く様々な環境が関与しており、建築業界や社会の
状況が色濃く表れ、非常に設計を教えるのが難しい時代になったといえるかもしれません。今
まで通りの教え方を続けても、この状況が改善されることは無いでしょう。今こそ設計教育の
メジャーアップデートが必要な時期に来ているのではないかと感じています。
一般的に『設計演習』では手書き図面や模型を使った設計を重要視しているところが多く、広
工大でも基本的に手書き図面の提出が求められています。現在デジタルデザイン系授業との繋
がりも意識して、高学年の設計演習での3DCADやBIMの使用について、非常勤の先生方含めて
協議を重ねている最中です。こういった議論の中で必ず出てくるのが「アナログ」vs「デジタ
ル」の議論。「コンピューターを使うことでスケール感が養われない」とか言われると、私な
んかはすぐしょぼんとしてしまう。まあ、それを補う形で1:1のものづくりなんかを取り入れ
ている訳だけど、それもそれで結構大変だ。だからできる限り「アナログ」vs「デジタル」の
沼に落ちないよう心掛けてきました。
しかし、設計の授業を担当して、学生たちのアウトプットや課題への取り組み方を見る様にな
ると、私の中に大きな疑問が生まれてきたのです。
「あのアナログで養っているっていう“スケール感”ってナンなんだ?」
なんとなく、言わんとしようということは分かる。でも今の学生はこれまで通りのやり方で
「スケール感」が養われていくのだろうか?実際、どの様な時に「スケール感」を身に付けた
ことを実感するのだろうか?もっと言えば、デジタルで「スケール感」を養う方法は本当にな
いのか?
既述したように、学生が課題に向き合う時間は少なくなっています。時間が限られている上に、
「家に製図台が無いから」とか「模型材料買うお金がもったいないから」と設計から遠ざかる
要因が多いのはいかがかなものかと思っています。もちろん、設計教育の初歩段階での手書き
図面は重要だし、模型を使って建築を考えたり、表現する能力も非常に大切です。アナログに
もデジタルにも良い所があり、それを理解したうえでバランス良く使わせる指導が徹底される
必要性が高まっているように思います。私はこれまでのコラムでも述べているように、デジタ
ルはアナログを置き換える存在ではなく、拡張させるものであると考えています。プログラミ
ングを含め、アナログの時代では養えなかったような感覚をデジタルで鍛えることで、設計の
方法にも変化が生まれることが、建築の発展に繋がっていくと思っています。
ついでにもう一つ。建築だけに留まらないと思いますが、デジタルに対する二つの考えが色々
な場面で我々の成長の妨げとなっているように感じます。
①「デジタルでやれば簡単にできる(楽をしている)」
②「デジタルで新しい事に挑戦するのは難しい(めんどくさい)」
今の建築業界はこの相反する二つの考えが入り混じった状況にあるように思います。①も②も
建築を学ぶ学生というよりは、教える側や、上に立つ立場の人たちに根強く残っているデジタ
ルへの軽視や敬遠。これがある以上、どれだけデジタルが拡張した先に、新たな建築が生まれ
ようとしたとしても、それを評価する土壌が育っていない可能性があります。
「デジタルデザイン教育」の本当の価値が認められる時というのは、新しい時代の「設計教育」
の中で、学生達がアナログとデジタルを行き来しながら、これまでに見たこともない建築を
我々に見せつける時なのかもしれません。「設計離れ」なんて悲しい言葉を聞くよりも、「設
計回帰」に向けた本気のアップデートに取り組む方が100倍楽しいのではないかと思いながら、
日々試行錯誤の毎日です。