BIMダイエット
2015.08.25
パラメトリック・ボイス 竹中工務店 石澤 宰
ミニマリズムと呼ばれるライフスタイルがあります。こだわり抜いた最小限の持ち物だけで暮
らすことで生活の煩わしさから自由であろうとする考え方を指すようです。デ・スティル、俳
句、Apple製品、奥田民生ひとり股旅スペシャル。生活のさまざまな側面で、ミニマリズム的
な考え方の魅力と味わいは広く受け入れられているように思います。
最近、シンガポールでは“Lean BIM”についての議論があります。Leanとは「体型が引き締まっ
ていること」や「肉の脂身が少ないこと」、ひいては無駄のない体制のことを指します。Lean Constructionという用語の初出は1993年、生産や流通、作業工程など全体を通じて無駄を排
除する施工をさす言葉で、発想はミニマリズム的です。このような施工に貢献できるBIMとは
何か、はたまた、BIMデータがLeanであるためにはどうしたらよいか、という議論です。
私の現在の担当プロジェクトは空港ですが、建物が巨大なうえに関係する会社も覚えきれない
ほど多く、モデルのファイルサイズが驚くほどの勢いで増え続けています。BIMはどんどん”fat”
になり、動作は日増しに”heavy”になり、日々の操作のストレスになります。
そこでBIMモデルから不要な要素を取り除く”diet program”が必要になります。現状のモデル
からどんな手法が有効かを”health check”し、それを全ファイルに適用する”exercise”を行い
ます。これによりモデルが”lean”になり、動作が”smooth”になることでシステム全体が”smart”
になるのです（シンガポールでも時々見るライザップのCMを思い浮かべています）。
どうも不思議と、この辺りの事情は体型や体重に例えられることが多いようです。増え続ける
ファイルサイズを毎月モニターして、「このままではマズい…」などと考えつつもエクササイ
ズを後回しにしがちなあたり、心理的にもきわめて似ています。得てして、ファイルサイズを
増やす決断の方がその時は簡単なものなのです。あとでその分の「健康問題」が待っているの
にもかかわらず。
こうした事態に有効なのが、日々のモデルの作り方の工夫です。たとえば衛生陶器のモデルを
3Dで作るか作らないか、必要なら外部から読み込むか、命名法はどうするか……などの原則を
決めてしまうわけです。とくに命名法は軽視されがちですが極めて重要です。せっかく作った
モデルを他の同僚が探し当てられず、別なモデルがまた作られてしまったり、命名が「Concrete」と「RC」とで違って積算で拾い漏れしたために、名前の付け直し作業が発生したり。命名法が
多数の副次的な影響を及ぼし、それらがアウトプットの過不足につながるから（場合によって
は、「だからBIMは使えない」と冷たく言い放たれてしまうから）です。良い習慣を日常化す
るということが全体としてモデルの最適化につながる、ということは、日々の生活習慣の改善
のようで、ますますダイエット的です。
そうした一つ一つのオペレーションの際には、作業の意味を皆で深く理解してきちんと作業す
る。これはあるべき行為のように思えますが、日々の作業の中では「決断疲れ」という現象に
繋がることがあります。オバマ大統領がグレーかネイビーのスーツしか、マーク・ザッカー
バーグがグレーのTシャツしか着ないのは、決断疲れに繋がるそうした小さな意思決定をしない
ためだ、と語られています。考えずとも決まったやり方、いわば王道をフォローする、という
ことは、決断をミニマムにし、一秒間に100ビット程度と言われる人間の注意力*1を本質的な
クリエイティビティに振り分けるために重要です。
隣の駅から歩くという運動が良いとされる理由の一つは、毎日のことで習慣化しやすいためだ
と言われます。シンガポールではローカルフードが押し並べて美味しいのですが、そのため着
任すると太ってしまう人がおり、私も例外ではありませんでした。結果、体重をもとに戻すの
に最も機能したのがウォーキングでした。習慣化の力は偉大です。そんな私の経験から学んだ
話でした。いえ、体重ではなく、BIMモデルの話。
*1 It's Not About "Productivity." It's About Living Purposefully.
シンガポール名物、海南チキンライス。蒸鶏と、そのエキスがたっぷりと染み込んだライスの 組み合わせは万人にお勧めできる絶品だが、見た目とは裏腹にライスだけで500kcalほどもある ダイエッターの敵
