オープンイノベーションとファンタジー営業部
2019.12.17
パラメトリック・ボイス 前田建設工業 綱川隆司
東北出張から戻る新幹線で原稿を書いています。2014年に竣工した岩手の住田町役場には引
き渡し後も幾度となく訪れていますが、不具合やクレーム対応ではなく、見学のアテンドやメ
ディア対応がほとんどで、設計を担当した者としては自身の仕事をたくさんの方に見ていただ
けることが無上の喜びとなっています。ゼネコンの設計部に勤める際には、公共建築は設計・
施工分離のため携われないと諦めていたものですが、近年はデザインビルドやPFIなど契約形
式の多様化が図られ、結果的に様々な官庁物件に携わらせていただきました。それぞれの詳細
は申し上げられないものの、いずれも特殊な案件です。住田町役場でいえば、当社初の大型木
造建築という高いハードルがありました。この数年の間に一気に大型木造の実績を積み上げた
当社ですが、当社単独ではここまでの成果は望めなかったと振り返ります。そこを切り開けた
最大の要因は、木造建築に深い造詣をお持ちの先生方とのコラボレーションに他なりません。
これは課題解決を社外と取り組んだオープンイノベーションの実践ともいえます。
木造建築の特徴として構造材がそのまま仕上げになる場合が多く、住田町役場では特に顕著で
したが、それは「木を見せたい」という発注者の思いによるものです。またRC造やS造と比べ
て容易に梁スリーブは設けられないため、初期段階での設備の計画が重要になります。従って
意匠・構造・設備の3分野がほぼ同時並行で走るコンカレントな設計のフローが必要となり、
それを3Dモデル上に描き留めて関係者で共有する私たちのBIM設計の価値が活きることにな
りました。また初物特有の未経験の領域なのは作業所も同様で、事前に3次元モデル上で出来
形が把握できることによりその後の検討に活用することで起こりえるリスクを回避できたので
はないかと思います。私も建設会社の人間なので解りますが、従来通りのステロタイプの建築
ならば、2次元主体の業務の進め方で問題はありませんし、品質的なトラブルがあるとすれば
その要因は他の部分にあるでしょう。誤解を恐れずにいえばBIMは必須ではありません。ただ
し何かしらそこに新しい企てがあるとき、俄然BIMは輝くことになります。
もう少し掘り下げてみましょう。この木造建築で課せられた、仕上げで“覆わない”という縛り
は、BIMで視えるテクスチャマッピングされたモデル以上に実は厄介です。構造材の仕口部分
は現しなので金物を含め納まりは美観も含め十分に考えなければなりませんし、雨染み対策な
ど工事中の養生にも気を使う必要があります。また天井は基本貼らないと決めてはいましたが、
設備の機器やダクト・配管の状況によっては最低限ここだけは貼っておくべき、という箇所も
存在します。その匙加減を入念に検証する上でもBIMで設計を行うことは重要です。
“オープンイノベーション” の言葉自体は近年もてはやされ、当社のICI総合センターの目指す
ところもそれでしたが、あえて住田町役場を例に持ち出した理由としては、顧客である発注者
もイノベーションの協業者であることがあげられます。「森林・林業日本一」を標榜する町で
すから、木材に関する経験と知識が豊富な発注者です。我々も胸を借りるつもりで取り組んで
いました。オープンイノベーションの際に異業種間での情報一元化を図る上で3次元モデルを
活用することは本当に有効で、節目節目で関係者間でモデルのレビューを実施しました。引渡
し後時間が経ってから、合意形成を図るために配布した工事着手時のBIMxのデータを当時の町
長がお持ちだったのをうれしく思いました。
オープンイノベーションといえば今回ご紹介したいのは当社の「ファンタジー営業部」のコン
テンツです。2004年の書籍化、2013年の舞台化を経て、遂に映画化されました。ご存じない
方のために説明しますが、ファンタジー営業部とは、B to Bが基本である私たちゼネコンの業
務内容を一般の方々に広く認知していただくためにはじめたWEBコンテンツです。アニメや
ゲームの世界に登場する施設について、その世界観を壊すことなく実在の技術を用いて検討を
行い、概算工事費と概算工期の算出を行うまでの過程を連載で掲載します。この企画を始めた
頃はちょうど「ゼネコン汚職事件」など業界全体に対する不信感やネガティブなイメージが広
まっていましたが、それを払拭するべく数名の社員がボランティアで活動していました。従っ
て新卒の採用面接で「ファンタジー営業部に配属希望」と言われても実在しない組織なので
困ったことになります。
さて、アニメやゲームの施設を技術検討までで「実際には建てない」この企画が、果たして
“イノベーション”と呼べるのかという疑念はあるものの、空想世界で起きたことを「無かった
ことには出来ない」と現実世界のロジックで解こうと思えば、当然の如く壁にぶつかります。
それを乗り越えることが社内だけでは無理だとわかれば解決の糸口を求めて社外の異業種の
方々に相談をしました。その際に本当にありがたいことに、その作品に対する愛情を駆動力に
多くの方々にご協力いただけました。その様子を映画ではコミカルに描いていますが、ここは
あながちフィクションとは言えない部分です。ただ、このオープンイノベーションの成果を映
画では図面に描き留めていますが、今後もし続編があるならば次はBIM/CIMでやって欲しい
ところです。実物がつくられる予定がないからこそ、デジタルモックアップとしての価値も高
まるでしょう。現在WEBコンテンツの「ファンタジー営業部」は映画連動企画中です。
また映画は1月31日の公開予定です。堅苦しい理屈抜きにご家族で楽しんでもらえる内容に
なっていますので、皆様も劇場へ足を運んでいただければ幸いです。