デジタライゼーションを担う若い世代とは誰か
2020.02.06
パラメトリック・ボイス ジオメトリデザインエンジニア 石津優子
若い世代、次世代、「世代」という言葉をよく耳にします。私自身は、子供を持つ親世代です。
ある意味では若い世代を卒業し、次の世代へ繋ぐ世代であり、最近は自分自身の未来を考える
ことよりも自分の子供世代の未来について思いを馳せることが多くなりました。もうすぐ2歳
になる娘の生活から、ICTがいかに日常に溶け込んでいるかを伺えます。定期的に遠方に住む
祖父母とテレビ電話をしたり、YouTubeで英語教育動画を見てアルファベットを覚えたり、
iPadでゲームをしたり、私が過ごしてきた幼少時代とは確実に違う日常を生きています。30年
の違いとはここまで違うものなのかと驚くとともに、コンテンツ自体は時代を超えた普遍的な
ものが存在していることにも気づかされます。本質的に技術に求めているもの、1)人と繋が
る、2)好奇心を満たす、3)楽できる、という3つの軸は誰にも備わっているからこそ、これ
だけ技術が発展しながらもコンテンツは世代を超えることができるのかもしれません。
図面とBIMという対比が多く論点になりますが、本質的には私たちが図面に求めたものと今現
在BIM(3Dモデル)に求めているものというのは同じなのです。1)人と繋がるという意味
では、図面表記にルールを作りました。ルールを知っている人であれば、図面を読めば図面が
何を示しているかを理解することができます。手描きからCADへの変革期には、CADから紙へ
印刷された状態を手描き図面と合わせていくことで、手描き時代に培った普遍的なルールをそ
のまま落とし込むことに成功しました。2)好奇心を満たすという意味は、図面をデジタル
アーカイブしてどこでも見れる、時間短縮によってできた時間でさらに高度なデザインを目指
す、3)楽できる、は図面の修正ははるかにCADの導入で楽になったはずです。
BIMが目指すところも同じく、1)人と繋がる、つまりコミュニケーションの円滑化、2)好奇
心を満たす、新しい工法の検討やデザイン、新しい価値の創造、3)楽できる、は統合的な管
理の達成などが挙げられます。
確実に浸透しそうなBIMですが、なぜ3)の楽できる、という感覚までを業界全体で共有でき
ていないのでしょうか。1)人と繋がるの部分で失敗しているからです。失敗の原因は誰でも
中身を読んでわかるBIMモデルをつくることに成功していないからです。BIMでは整理すべき
中身が、「データ」つまり図面を印刷しても現れない仮想的な整理に依存しているからです。
印刷された図面を置いて、情報整理や作図法の整理を全世代で共有できたCAD移行期と異なり、
ビジュアルに出てこない部分が一番重要になっています。3Dモデルを画面に映し出してVRで
話し合いをしても、3D情報をどう与えるかというルールづくりからは程遠いという現実を理
解している人が少ないということが問題だと思います。3Dのビジュアル自体にはあまり意味
はなく、その3Dに付随するデータが一番大事なのです。このルールづくりをBIMではよく
「スタンダードつくり」と表現します。このデータは、BIMソフトウェアで作り方は異なりま
すがカテゴリーや属性、パラメータという基本概念は同じです。
BIMを達成するには、大きく3つのレベルで取り組むべき事柄が分かれます。1つ目は、個人
個人のBIMソフトを使用する能力、これは基本操作の方法と各組織のスタンダードに乗った作
図ができるかという評価基準です。実際にモデルをつくる人が正確に求められているデータを
入力することができるかという、いわゆるユーザーのスキルレベルの項目です。2つ目は、
チームとしてのBIMです。ユーザーが入力したデータの整合性を確かめ、ユーザーを教育し、声
を拾い上げる役割です。これはBIMマネージャーの立場になります。BIMマネージャーはユー
ザーより深いソフトウェアの知識が必要です。ソフトやスタンダードの理屈を理解して、現在
のユーザー目線より、より俯瞰的にBIMの活用状況を理解する必要があります。3つ目は、組織
としてのBIMです。組織として、スタンダードを整えることでモデルからどのデータを引き出
すかというところを整えていきます。モデルをつくる目的を明確にして、目的ごとに入力方式、
テンプレートを用意するという大きな組織としての枠組みをつくる役目です。データを重視す
る会社であれば、データのスペシャリスト、よりデータベース寄りの人が必要になり、作図に
重きを置くのであれば、標準図面を描く能力、建築意匠、構造、設備、施工、それぞれにエキ
スパートが必要です。
BIMの達成は個人だけではなく、チームとして、組織として、3つの階層の意見交換が活発に
行われ、組織としてのBIMがいかに早く更新してより良いルールづくりを達成できるかという
組織内コミュニケーション力に大きく依存しています。これらを担うのは、若い世代なので
しょうか。もし若い世代に任せるという決断であるならば、若い世代をチームのリーダー、組
織のリーダー、ともに責任のある立場へ置かせるべきです。個人レベルだけを任せられ、BIM
を担えと言われた若い世代は、摩耗し、擦り切れ、いつしか挫折してしまいます。なぜなら、
そこからBIM技術を習得した後に見えるハードルはチーム、組織の領域へと広がっていくから
です。個人としては、若い世代という言葉はあまり好きではありません。なぜなら、年齢は関
係ないと思うからです。私は学生時代からデジタルを学んでいる者で、尊敬する恩師たちは毎
年新しい挑戦をし、建築デザインの新しい可能性を実証し続けています。彼らは当然ですが私
よりも年上であり、また国内でも尊敬する活動を続けている方々も年下も年上も両方存在して
います。
同じビジョンを持った人たちならば、個人の得意な技術を持ち寄って、デジタルが得意な人も、
建築技術が得意な人も、設計が得意な人も、同じ方向を向けるのです。私たちは専門性を持ち、
コラボレーションする力を培ったはずです。若い世代に任せるBIMなどという言い訳は、犠牲
者しか生み出しません。プレーヤーがチームに、チームリーダーが組織に何を求めているか、
それぞれの声を拾い上げ、迅速かつ正確に判断する方法を今こそ探すべきです。新しい情報や
技術を持っていることを「若い」と表現しているのなら、デジタライゼーションを担う若い世
代は、現役で働く私たち全世代なのです。