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コラム

【BIMの話】自動法規チェックへの長い道のり

2020.04.02

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

いま私は大学院後期博士課程に在籍して3年目になります。一時は順調かと思われたプロセス
も雑誌論文の査読ですっかり引っかかってしまい、何事も甘くはないと思い知らされていると
ころです。

私はいわゆる社会人博士であり、学校にいる時間も長くなく、いろいろ研究のことで思い悩ん
だり行き詰まった時に相談できる人があまり多くはいません。しかし、研究以外に仕事という
フィールドを持っているぶん気の持ちようはあり、修士からの進学者はさぞ大変だろうとも思
います。そのような個人の経験を、せめて自分の道のりを記すことで後進のために役立てるべ
く、少なからぬ博士たちが「博士号取得への長い道のり」と題したサイトを公開しています。
一部では「道のりサイト」とも呼ばれるほどであり、さまざまな研究分野を読み比べるとその
分野独特の苦労も忍ばれて少し元気が出てきます……という、そのサイトからタイトルをとり
ました。またイントロが長くてすみません。

この界隈にいるとよくある質問が、「AIで建築の法規チェックを自動化できないの?」という
ものです。これは確かに良い質問で、自然言語処理(NLP)を用いて法文を解釈し、BIMなど
の建築モデルに対しルールベースのチェックを行う、というのはいかにも実行可能に思えるし、
そのような要素技術は近年確実に進化しているからです。しかし、結論から言ってしまえば、
いくつかのミッシング・リンクが存在しているため現状のままでは自動法規チェックは「夢」
ということになります。どのような点が問題になるのでしょうか。

まず法文の解釈です。自然言語に限らず今日のAIで学習を用いているものは確率にもとづい
て処理しているので、論理的関係性を100%読み取ることができません。「AならばBである」
という構成の文章から「A⇒B」を確実に抽出することができないということですそのような
AIで、

  第百二十六条の二 法別表第一(い)欄(一)項から(四)項までに掲げる用途に供する
  特殊建築物で延べ面積が五百平方メートルを超えるもの、階数が三以上で延べ面積が
  五百平方メートルを超える建築物(建築物の高さが三十一メートル以下の部分にある居室
  で、床面積百平方メートル以内ごとに、間仕切壁、天井面から五十センチメートル以上下
  方に突出した垂れ壁その他これらと同等以上に煙の流動を妨げる効力のあるもので不燃材
  料で造り又は覆われたもの(以下「防煙壁」という)によつて区画されたものを除く)、
  第百十六条の二第一項第二号に該当する窓その他の開口部を有しない居室又は延べ面積が
  千平方メートルを超える建築物の居室で、その床面積が二百平方メートルを超えるもの
  (建築物の高さが三十一メートル以下の部分にある居室で、床面積百平方メートル以内ご
  とに防煙壁で区画されたものを除く。)には、排煙設備を設けなければならない。


この手合を確実に理解しなければ、まず機械が条件を理解したことになりません。

また指示語も難しい問題です。「これ」「それ」などの指示語が何を指しているのかを的確に
理解するには文章の意味が理解できる必要がありますが、自然言語処理は基本的に意味を解し
ません。背景のわからない文章で指示語の内容を当てるのは、「私は冷やし中華の具ならこれ
が好き」という文章だけから私の好きな具を当てるようなものです。100%にはなり得ません。

結果、論理構成にも指示語の解釈にも不確定要素が入ってしまうので信頼ができず、ここは人
間が立式をしてやるのが妥当です。しかしそうなったらなったで、人間が読む法文と機械が理
解する数式、2つの法文ができてしまいます。これがどちらも正しいと確信するには、権威あ
る誰かがその内容を一つ一つ確認していかなければなりません。それを誰がやっていくか。最
終的に法文の問題はそこに帰着します。

もう一つは建物の側です。BIMモデルには法規チェックに必要な情報が入っている、と言い切
れるか。すこし意地悪な例を考えると見えてきます。たとえば傾斜地に建つ建物で出入り口が
異なる階に複数ある建物のとき、「避難階」はどこでしょうか。あるいはもっと単純に、建物
の階の一番上は「最上階」でしょうか、「塔屋」でしょうか? 階のような非常に基本的な要
素ですら、通常のモデル情報だけからは確実に判断できない項目が複数あります。平均地盤面
なども「基本のき」ですが、傾斜地ではモデルで確実に参照できるかあやしい情報です。

もうひとつの例が避難経路です。経路をモデルでどう入力するかもソフトウェアによっては問
題ですが、ではその避難経路が階段に至るまで「適切」に設定されているかどうか。扉を出て
廊下の真ん中を通っていればいいんでしょ?と思われるのですが、ではその建物の「廊下」は
どこか。細長い部屋で「廊下」と名前がついていれば一見確実ですが、いつもそうとは限りま
せん。「ロビー」を通って避難、「ホワイエ」を通って避難、「避難上有効なバルコニー」を
通って避難……。ぐっと絞って経路の長さだけならまだチェックできる可能性は高いですが、
それすらも許容される長さ自体が内装制限などの影響を受けることもあり、一筋縄ではいきま
せん。

結果、法チェックの対象になる項目は人間がモデルに入力しよう、という考えになるのですが、
これもまた難しい。また例を挙げます。防火区画は外壁に接したとき「900mmの回り込み」
が生じます。例えばRCの建物なら外壁はほぼ必然的にその性能は満たすのですがあ面倒
だし全部防火区画扱いにしちゃえばいいじゃない?……そうはいきません。貫通する設備に全
部ダンパーをつける羽目になります。かといって、材料としては同じ壁を900の回り込みで作
り分けるというのもけったいな話です。

というわけで、自動法規チェックは長い道のりと言わざるを得ないのですが、これはあくまで
「全」自動法規チェックの話。「半」自動とか「部分」自動なら可能性は十分あります。そん
なの全然嬉しくないよ、と思われるかもしれませんが、法規チェックのなかでも格段に面倒な
ものとか、つまずきやすいものはあり、そうしたものから自動化できるのは有意義です。現に
今でも構造計算や天空率計算はほぼ自動化されているわけなので、すでにその恩恵に預かって
いる(いろいろ改善の余地はありますが)とも言えます。

ルールベースの仕組みはフランスCSTB や、韓国K-BIMなど、すでに研究が進められて
います。BIMを早くから義務化したシンガポルでは水道局(PUB)が先駆けてePlanCheck
と呼ばれるシステムで法規の自動化を進めています。法規は自動解釈ではなく立式したものを
水道局で一つひとつ承認することで正当性を担保しており、これによって申請手続きの迅速化
や、設計者の申請時の事前チェックの奨励などに役立てるとのことです。

建物が満たすべき要件は多くの場合、面積や防火区画、通路の幅員などによって決まるので、
国際的に類似したコンセプトも多く見られます。一方、面積ひとつとっても壁芯で定義する日
本は少数派で、内法での定義の方が多く見られます。まして、「建築面積は庇の先端から1m
バック」のようなローカルルールは個別に対応するしかありません。ただ、どのようなケース
でも、「法規だから自動で判定できる」とはならず、「法規だからこそ人間が総合的に判断し
なければ」が最終結論となることは間違いがなさそうです。

全自動チェックは見果てぬ夢になりそうですが、一歩一歩便利にすることは「小さな改善」で
あり、自分の身の回りを良くするという意味では大いに有意義です。”Make a little space to
make a better place”とはHeal the worldの一節ですがマイケル・ジャクソンまでとは言わ
ずとも、法規チェックに疲れた設計者を癒やすことは十分にできるのではないでしょうか。私
の論文?卒業が見果てぬ夢にならないように頑張ります……。そろそろ査読通るといいな……。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授