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コラム

優しく「つかむ」技

2020.04.07

パラメトリック・ボイス 

             アンズスタジオ / アトロボテクス 竹中司/岡部文

岡部  人は物に「触れ」たり、物を「つかむ」とき、対象物の様子を瞬時に判断し、繊細な
    力加減で作業することができる。でもこれは、簡単なことではない。0歳のときから
    培ってきた、物の固さに対する反力の経験と、皮膚全体が持っている非常に細やかな
    感覚機能、さらにはこれを脳に伝える伝達能力の賜物なのである。

竹中  ここ数年で、フィードバック制御技術を始めとするセンサ技術の開発が躍進的に進化
    した。これと同時に、ロボットの手の部分にあたるグリッパーの可能性も大きく広
    がってきている実世界で自律的に活躍するロボットが登場している中で「つかむ」
    研究は必要不可欠だ。

岡部  例えば、傷つきやすい海洋生物を柔らかく捕獲できるロボットハンドの開発がある。
    手で触れるだけでも容易に傷ついてしまう海の生き物たちの研究を進めるため、優し
    くつかむ技術を開発している。ハーバード大学ヴィース研究所では、クラゲや浮遊す
    る魚を包み込む、柔らかな多面体構造の仕掛け(下図)や、まるでスパゲッティのよ
    うに柔らかくクネクネした「指」を開発している。

竹中  この指は、伸縮性のあるシリコン材で作られており、通常は柔らかい内部の繊維が、
    使用する際には僅かな水圧を使って硬くさせることができるというのだ。人が再現で
    きないほどに柔らかく優しく包み、それでも生き物を逃すことはない絶妙な力加減で
    ある。

岡部  一方で、ものには「触れずにつかむ」技術も開発が進んでいる。超音波を利用して、
    物体を空中に浮遊させて支える超音波グリッパーだ。繊細な物を清潔な状態に保ちな
    がら運ぶ事が出来る、ETHが開発中の技術である。

竹中  グリッパーだけではなく、皮膚自身を再現する技術も出てきた。つい先月MITコン
    ピュータ科学人工知能研究所より発表された、ロボットアームに触覚を持たせるため
    の「皮膚」の開発も興味深い。人工皮膚からの情報を、ニューラルネットワークを
    作って処理し、信号とノイズを分離。その後、モーションキャプチャシステムでデー
    タを補強するという。

岡部  何気なく行っている手の動作を貪欲に分析し、これを科学的に解明することで再構築
    する、地道な開発作業だ。こうした技術は今後医療用協働ロボットLBR Medのよう
    に、医療の現場に実装されてゆくだろう。それだけではない。優しくつかむ技術があ
    れば、建築のものづくりの世界でも、すでに開発が進んでいる自律型の建設ロボット
    や職人ロボットの可能性を広げてゆくことに気がつくだろう。

竹中  建築は、手の仕事の集まりである。どんなものよりも、人の手が関わったものづくり
    の世界だ。そう考えると、ロボットハンドの新しいテクノロジーは、建築の世界と非
    常に密接だ。手が進化すれば、自ずと建築も進化するはずである。職人の繊細な技も、
    より精度高く再現することが出来る。実際に技術開発の現場に携わっていると感じる
    のは、クラフツマンシップと新しいテクノロジーは表裏一体だ、ということである。
    「手をかけて創る」という感覚は、手仕事の世界だけの話ではない。コンピュータや
    ロボットの世界もまた、人の細やかな感覚神経がなくては成り立たない。手段や道具
    が変わろうと、建築は単なる情報の集合値ではなく、一つずつ人の手で積み上げて
    いった繊細な行為の軌跡なのだ。

 ⒸWyss Institute at Harvard University

 ⒸWyss Institute at Harvard University

竹中 司 氏/岡部 文 氏

アンズスタジオ /アットロボティクス 代表取締役 / 取締役