【BIMの話】フリー素材になっちゃおう
2020.06.11
パラメトリック・ボイス 竹中工務店 石澤 宰
在宅勤務、テレワーク、リモートワーク、WFH(Work from home)。その用語もさまざまに、
この数ヶ月にはいろいろなことがありました。家で働くとは、生活の中に仕事が大量に入って
くることであり、逆ではありません。娘は横で退屈しています。音声もカメラもオフの講習タ
イプのテレビ会議では、耳だけ参加して娘と積木をしたりもできますが、仕事はいつもそのよ
うではないし、機嫌の悪い日はなかなかそうもいかない。特に雨の日というのは人間何かとう
まくいかないもので、最後は娘お気に入りのDVDを持ち出してしまうことになります。
まーね まね ぱっと まねまね
なりたいものに なっちゃおう
とは、その娘が楽しみにしているDVD、Eテレ「いないいないばぁっ」のコーナー「なっちゃ
おう」の曲の歌詞です。動物やバスの運転手や、いろいろな動きを模倣して遊ぶコーナーであ
り、私は週に相当回数聴くので(この曲に限りませんが)すっかり覚えてしまいました。38歳
でも毎日同じ曲を聴くとあっという間に覚える、というのはある種の発見です。
なりたいものになる。夢のある言葉です。しかし大人になってみると「いつのまにかなってい
た」という言葉のほうがしっくりくる事例もいくらかあるものです。それどころか、「なって
いたうえに人から言われてはじめて気がついた」などという事案すらあり、「何になるのか」
ということは得てして、その言葉の易しさほど簡単な命題ではありません。
最近、私の所属する会社の東京の事業所建物が大規模なリニューアルを行い、日経ニューオ
フィス賞などありがたい賞を頂戴して世間の耳目を集めるに至りました。そのプレスリリー
スの写真を、あるスタッフが見て一言。
「石澤さん映ってますね、ど真ん中に。」
そして見せていただいて初めて気づく。私です。私はたしかにここで時々仕事をしますし、撮
影が来た日があるのを知っていますし、そのときに「ちょっとこっち来て」などと言われて場
所を変えたりはしましたが、まさかその写真が応募に使われていたとは。自社ビルの応募で従
業員にいちいち許可など取らないでしょうが、驚くといえば驚きました。
しかしこの驚きは実は初めてではありません。ある日社内でメールが届いて曰く、「ご連絡が
遅くなりましたが」とのこと。何かと思いリンクを開けば、当社が開発した視環境評価のため
のVRツールのプレスリリース、そこに映るヘッドマウントディスプレイを装着したアホ面の私。
私はこのツールの開発メンバーではありません。この写真は、設計検討用としてVRを自分用に
使うということの説明スライドのために、自宅から持ってきたハコスコDX(3000円)を会社
で装着し、わざわざ(意図的に!)口を半開きにして撮影したものです。ええ、たしかに仕事
に使いましたし、説明用に撮った写真だからわかりやすいこともあるでしょう。しかしまさか
その写真が社内でコピペを繰り返された挙げ句、自分がフリー素材になるとは思ってもみませ
んでした。
フリー素材の恩恵とその意義は今や計り知れません。ここで私が毎回コラムを書かせていただ
くにあたり添えているアイキャッチの画像は、その多くがPexelsというサイトから取得したも
のです。
フリー素材画像を見たことがない、ということは今の私達にはあり得ないでしょう。「いらす
とや」というフリー素材画像の殿堂が存在するからです。テレビで、Webサイトで、Power
Pointで、この画像を一度も見たことのない方はおそらく相当少ないはずです。
今は期間が終了してしまいましたが、自身をフリー素材として提供していたアイドルもいます。Mika+Rika(ミカ+リカ)は様々な素材を、用途にまったく制限を付けず素材として提供して
いました。現在でも「グリーンバックアイドル」「リモート対応アイドル」など、アイドルが
コンテンツとして使われる形を強く意識した活動を継続しています。
Mika+Rika OFFICIAL WEB SITE (ミカ+リカ)
フリーで提供、とまではいかなくとも、幅広い利用を認めることで成功した事例もあります。
特に有名なのはくまモンでしょう。熊本県や県産品のPRにつながる活動であれば、利用申請す
ればかなりの自由度で活用することができます。
イラスト利用申請
フリーとパブリックドメインは混同されやすい概念です。フリーを「無償で」と捉えれば、非
商用に限り、あるいは商用であっても無償で利用できるよう提供されたコンテンツは「フリー」
です。これに対しパブリックドメインは著作権自体を放棄、またはいかなる利用に対しても著
作権者が権利を主張しないという形態を意味します。つまり、フリーであってもパブリックド
メインでなければ、如何用にでも利用してよい(「自由に」の意味での「フリー」)わけでは
ないのです。
そのルールを記述し規定する仕組みがクリエイティブ・コモンズです。著作者自らの選択によ
り、著作権を保持したまま作品を自由に流通させることができ、受け手はライセンス条件の範
囲内で再配布やリミックスなどをすることができます。例えば、CC BY-NDというライセンス
では作品を複製、頒布、展示、実演を行うにあたり、著作権者の表示を要求し、いかなる改変
も禁止します。CC BY-NC-SAでは著作権者の表示を要求し、非営利目的での利用に限定し、
作品を改変・変形・加工してできた作品についても、元になった作品と同じライセンスを継承
させた上で頒布を認めます。パブリックドメインはCC0というカテゴリーに相当します。
たとえばnoiz architectsは、建築と情報の関係を考える上で重要な概念を図化し、CC BY-ND
(クリエイティブ・コモンズ 表示 - 改変禁止)ライセンスの下に提供をしています。これまで
こうした知識の集約は膨大な労力をかけて作成する割に、講演などの際に上映したスライドを
撮影されて流出・拡散してしまいやすい傾向がありました。ライセンスを自ら設定することで、
他の人はその範囲内においてなら積極的に再利用が可能になるという情報のあり方です。
物質と情報が重なる共有領域としてのコモングラウンド | noiz architects
博報堂の発行する雑誌「広告」Vol.414は「著作」を特集し、記事ごとにクリエイティブ・コ
モンズライセンスの付与・非付与を行い、より制約の少ない形での流通・再利用の形を探索し
ています。雑誌の記事ひとつひとつが、著作者の設定するルールのもとでリミックスを許諾さ
れているのです。そのことの問題提起として白黒コピー・ホチキス製本によるコピー版も制作
され、私はそれを購入しました(写真)。200円(コピー版定価)で購入、内容はきわめて面
白く得をしたような気もしつつ、明らかに見合っていないその本の体裁と価格を考えるたび非
常に不思議な気持ちにさせられます。しかし私達がデジタルにコピーしている情報はこれより
圧倒的に多く、しかもコストも実質的にはゼロなのです。
SketchUpを使ったことのある方なら、SketchUp Libraryが充実しており商用利用も可能であ
ることがどれほどデザインにとって有利なことかすぐに理解できると思います。そうした「素
材」のひとつひとつも誰かが作り、利用を許可したからそこにあるわけです。が、そのような
思いに至るには、ある程度その便利さの恩恵を享受しきった後にふと想いを馳せるというプロ
セスが必要でしょう。さながら食育のようです。
おそらく食の話がそうであるように、実際に作ってみる、作ったものを人に提供してみるとい
うことは理解を深めるだけでなく、作り手としての彩り豊かな世界に踏み込む最良の方法で
しょう。おいしく作れたから食べてもらいたい、誰かがおいしいと言ってくれると嬉しい、と
いうくらいの気持ちで作ったものを差し出す行為が広がってゆくとよいと思います。
しかし自分自身の画像がフリー素材化するというのはこの喩えでいくと、さながら自分が食材
の側になったような感じですね。私の場合、在宅勤務はこれまで通勤という形でほどよく取れ
ていた運動量をほぼゼロにし、体を大いに肥やしました。食材ならず、いやしくも視覚的に消
費されるケースが自分にあるならもう少し頑張りたいところです。