見ないものづくり と「観る」ものづくり
2020.06.16
パラメトリック・ボイス
アンズスタジオ / アットロボティクス 竹中司/岡部文岡部 ちょうど10年前、Archi Future 2010の特別シンポジウムに竹中が壇上した際、
「手仕事には手垢があるがデジタル作業には手垢のようなものが感じられない」とい
う議論になったのを覚えているだろうか。あれから10年経ち、我々はロボットの技術
を駆使し、新しい時代のものづくりに挑んでいるわけだけれども、この点について最
近どのように捉えている?
竹中 まず、建築というものづくりの世界について考えてみると、他のどんなものづくりと
比べても、多くの手を必要としている。たくさんの手をかけて作り出される建築は、
ある意味「手の集合値」とも言えるだろう。つまりある種、多くの手垢によって成り
立っていたわけだ。
岡部 そうだね。分野を跨いだ多種多様な感覚軸によって支えられているね。その感覚や勘
のようなものは、表現するときに微細な変化となって物質化していた。例えば、手で
描かれた図面には設計者の意図を反映した線の濃淡や太さの繊細な変化、あるいは、
かつての職人たちのように、物に触れ、観察し、蓄積された経験と共に導き出される
技の癖などがある。
竹中 けれど、それらの質が大量生産時代の機械化によって変化したといえる。線の濃淡や
太さの変化が、単なる均一で真っ直ぐな線に置き換えられた。微妙に異なる形の違い
が、まったく同じ形の複製へと置き換えられてしまったのだ。
岡部 そう。同じ長さに、同じ幅に、ひたすら繰り返し描き、コピー・アンド・ペーストの
複製加工を続けていた。
竹中 そうしたものづくりを、私は「見ないものづくり」と呼んでいる。けれども、ここ数
年で流れが変わってきている。よく「観て」これに適した「加工」をすることができ
るようになってきた。つまり、観察能力を得ることによって、「観る」と「加工」の
距離感が近くなり、柔らかなものづくりへと進化したのだ。
岡部 個々の差を発見し、これに柔軟に対応できる加工技が開発され、結果的に物質化され
るものに変化が生まれているわけだね。たとえば、加工前のマテリアルの微細な凹凸
や表情の違いなど、素材の個性を観察し、それらひとつひとつに適応した形へと加工
することができるようになった。
竹中 「観る」という、当たり前だけれど最も重要な感覚軸が機械に加わることで、これま
で描けなかった、柔軟で表情豊かな世界が生まれる。そこには、かつては見えなかっ
た景色が広がり、無表情さは皆無だ。直線のように見えても直線のない世界は、まる
で自然界のように「同じ」のない、細やかで繊細な表情に溢れているのだ。