コロナによって変化する建築の学び
2020.07.14
ArchiFuture's Eye 広島工業大学 杉田 宗
私が勤務する広島工業大学では5月14日からオンラン授業が始まり2カ月が経過した。前代未
聞のこの状況の中で、一番困惑しているのは学生たちだが、オンライン授業を行っている教員
や、それをサポートする職員やTA/SAも、みな前例の無い中で試行錯誤を続けている状況であ
ろう。そんな中、新建築6月号には安原幹先生と平野利樹先生による東京大学のオンライン授
業についての論考が掲載され、様々なオンラインサービスを駆使して、設計教育が行われてい
る様子が報告された。コロナウィルスの第2波、第3波への懸念が広がり、実務においてもリ
モートワークへの対応が迫られている今、教育の現場ではどういう状況なのかを、ここまでの
オンライン授業を振り返りつつ、今後の展開について考えてみようと思う。
最初に断っておくと、元々私が担当するデジタルデザイン系科目は、ソフトやツールの使い方
を教える部分が多く、エスキスが中心となる設計演習とは異なる授業である。ただし、授業で
学んだ技術を使って取り組む課題が多く、一般的な座学とも違う位置づけになる。
オンライン授業を行う上でまず、私が授業の中で概念や操作方法を教える「インプット」と、
学生が課題を通して行う「アウトプット」を明確に分け、前者はすべて映像にすることにした。
これに関しては、これまでも学生の理解スピードが異なる中でどのレベルに合わせるべきかが
課題であったが、映像にすることで、自分のペースで繰り返し視聴したり、2倍速で見ること
もできるようになった点で、既に効果が出ているように感じられる。
「アウトプット」は映像を視聴して学んだ内容を確認するような小課題を毎回の授業で出すよ
うにし、学生には授業時間内のみで終わらせることを強要している。つまり、映像を使った事
前学習で新しい技術などを学び、それを身に付けた上で100分間のオンラン授業では集中して
課題に取り組む。ほぼ毎週この繰り返しを行っている。元来、建築学生は設計課題やレポート
など常に課題に追われているイメージだが、「短時間に集中して取り組む」課題はあまり多く
ない。毎週100分の間で自分がどれだけできるのかを知ることで、その後デジタルデザイン系
授業で学んだことを設計課題などに活かす際の時間の目安ができるようになることが重要では
ないかと考えている。
また、「アウトプット」の内容は全員が同じものを模写したり、モデリングしたりする単純な
ものを多く入れており、それを同じ視点からのスクリーンキャプチャーで提出するようにする
ことで、出てきた作品を見比べれば、自分が出来ているのか出来ていないのかがすぐに理解で
きるようになった。現在は5~6個の課題に取り組んだ段階だが、全体的に完成度が高く、映像
視聴による「インプット」と、集中して取り組む「アウトプット」が予想以上にうまく機能し
ている印象を受ける。
ただ、この方法では各個人の努力によってそれぞれの力を伸ばすことには有用だが、周りの学
生からの影響で自分を奮い立たせるような機会が無い。そこで、miroというオンラインサービ
スを使い、約100人の履修者全員を一つの「ボード」に集め、それぞれが課題に取り組む試み
を行った。miroは巨大なホワイトボードを参加者全員と共有できるサービスで、各自が課題に
取り組んでいる様子がすべて見られることになる。今回はダイアグラムの描き方を学ぶ回で、
「オンライン授業のメリット・デメリットとその対策」をそれぞれの視点で整理し図式化する
ことを求めたが、これも非常に盛り上がった。今回は個人の課題を同じ「ボード」に集まって
取り組む形だったが、今後はこういうサービスを使ったグループワークなどができるのではな
いかと思っている。
ちなみに、通常はどういった環境でこれらの授業を行っているかも説明しておこう。広工大は
全学でTeamsを使ったオンライン授業を行っているので、映像はStreamにアップし、その映
像のURLや課題資料はMoodleに掲載することにしている。授業中はMoodleの出欠アンケート
に回答後、そこでその日の課題を確認してからTeamsの会議に参加する形をとっている。授業
中は教員とTAが手分けして質問対応を行っているが、人数が多いせいかそんなに質問は多くな
い。もう少し小さなグループに分かれれば、より質問を聞きやすい環境が作れるのかもしれな
いが、まだそこまでは試せていない。
一方、1年生の基本的なスキルを教える授業においても、映像視聴による「インプット」と
100分間の課題を通した「アウトプット」の形式を試している。ここではデジタルだけでなく、
模型の作り方や手書きパースの描き方なども含まれ、こちらは映像に収めるのに大変苦労した。
私は全く料理をしないので、これまで料理映像なんて見ることなかったが、いろいろな映像を
研究し、どうすれば学生がやってみる気になるか、また短期間で技術をマスターできるのかを
考えながら映像を作った。これも大半の1年生から非常にきれいな模型写真が提出され、映像
でも模型作りの基本は教えることできると実感を得た。
こうやって実際にやってみると、私が関わっているようなHow-toが中心の授業や座学の授業
はe-learningを活用することでより効果が出る様に思う。e-learningの重要性が叫ばれながら、
教材の整備が進んでいなかったが、今回のコロナのおかげで一気にその部分が充実し、学び方
の選択肢が増えたことをポジティブに捉えていくべきだと思う。また、今回の映像制作のため
に様々なYouTube映像を見たが、世界にはすごいコンテンツを発信している建築系YouTuber
が数多く存在することを知った。翻訳機能など駆使すれば、誰でもそのような情報にリーチで
きる時代になった今我々がやるべきことは、地平線まで続く「学びの海原」が見えるところま
で学生の手を握って連れていき、そこに飛び込んでいく学生たちを見守ることのような気がし
てきた。毎週映像を見ながら自分のペースで学ぶ癖をつけることは、その1歩になるのではな
いだろうか。
設計演習を含めた実習系の授業では、そう簡単にe-learningとはいかないであろう。しかしオ
ンライン授業になってデメリットばかりというわけでもない。先日、京都大学の小見山先生に
お声がけ頂きスタジオ課題の講評会に参加させて頂いたが、遠隔であってもそういった場に参
加できることは今まで考えもしなかった。また、同じ講評会にはラフバラー大学のグタイ先生
も参加しており、日本だけでなく海外のゲストクリティークを招いた講評会が簡単にできるよ
うになったことは学生たちにとっても大きな刺激になるだろう。
また、学生たちの意識も拡がりを見せている。以前にも紹介したように、広工大では院生によ
る「NOTE」という活動が行われているが、そこでは杉田宗研究室のM1奥川航大が作った
cluster上に作った『バーチャル広工大』を使った『1:1講評会』が計画されているらしい。
設計課題で作った3Dモデルを『バーチャル広工大』の中に設置し、それを学生が解説しながら
練り歩く学生だけの講評会とのこと。もう、我々の思考を超えたところでの「オンライン教育」
が始まっているのかもしれない。
最後に、今後大きな話題になりそうな課題に触れておく。それはオンライン授業が落ち着いた
段階で始まる、オンラインとオンキャンパスの「ハイブリッド授業」を現在ある物理的な空間
を使いどう行っていくかという問題である。これまでも時間割の決定など、教室の割り振りは
非常に難しい課題であった。今度はそれにコロナ対策が加わることで、設計通りの使われ方が
できないことになる。また、オンラインとオンキャンパスの授業が混在することで、時間割に
よってはオンキャンパスでオンラインの授業を受ける学生などが出てくる可能性もある。そう
いった場合にどのような空間が必要になるのかや、何をどう改善していけば良いのかといった
議論が早急に始められるべきだろう。ここでは、オンライン授業に関す知見に合わせ、建築的
な視点も必要になる。ある意味、建築系学科の教員が積極的に関わっていくべき課題ではない
かと思っている。
コロナが我々に与えた試練は、これまでの教育をオンラインに移行するだけではない。新しい
建築教育へのアップデートを行いながら、集まって学ぶことを再考し、大学がどうあるべきか
を示していく大きな課題が与えられているのではないかと思う。学生たちにとっては4年とい
う限られた時間の中の貴重な半年や1年でもある。コロナに負けない学びに繋がる100分間の
課題を考えながら、自分に課せられた課題を「短時間に集中して」解決していく方法を考えて
いる。