Magazine(マガジン)

コラム

米国における建築技能者の先進訓練マシンとBIM

2015.10.08

パラメトリック・ボイス               芝浦工業大学 志手一哉

写真は、拡張現実(AR:Augmented Reality)の技術を使った半自動溶接の訓練をする機械
である。その名をSOLDAMATICと言い、スペイン製の機械である。SOLDAMATICが秀逸なの
は見た目などへのこだわりで、パソコンは溶接機の形、ヘッドマウントディスプレイは溶接用
保護面(溶接面)の形をし、溶接状態に合わせて溶接の音や火花がリアルに再現される。その
仕組みは、QRコードが印刷された鉄板とトーチの模型の位置関係を溶接面に仕込まれたカメ
ラで認識し、トーチのボタンを押すと、溶接面のフィルタプレート代わりに組み込まれたディ
スプレイの中で、カメラで捉えた鉄板とトーチの間で溶接が始まる。

溶接の状態は、トーチの角度・距離・移動速度などをパラメータとしてシミュレーションされ、
ディスプレイの中にビードの3Dモデルがリアルタイムで形成される。それらのパラメータの
状態は、どの方向にトーチを傾ければ良いかやトーチを動かす速度の良し悪しとして、溶接
面のディスプレイに表示されたインジケータで確認できる。私も試してみたが、インジケー
タを頼りに自己調整できるので、溶接が終わる頃には何となくコツが掴めたような気になっ
た。

また、溶接面のディスプレイに映し出されているARの画像を外部に出力すれば、指導者は訓
練者が見ている映像を見ながら助言できる。さらに、溶接シミュレーションのデータを解析
して技能を定量的に評価する機能もある。溶接の初心者が、SOLDAMATICで溶接のコツをあ
る程度習得してから本物の機材と材料を使って溶接の訓練を積むやり方ならば、技能習得期
間の短縮や資源の節約が期待できそうである。

このAR溶接訓練マシンSOLDAMATICをどこで見てきたのかというと、9月初旬に訪問した、
米国のセントルイスにあるSt. Louis Carpenters Joint Apprenticeship Program(CJAP)
という、大工のユニオンが運営する大工の技能トレーニングセンターである。CJAPは、ユニ
オン加入の大工を雇用しようとする企業に技能者を送り出す拠点となっている。大工初心者
が基礎的な技能を身に付けるコースの他、一人前の大工がさらに技能を高めるためのコース
があり、SOLDAMATICは、後者のコースで利用されている。CJAPによれば、軽量鉄骨が住
宅で使われることが多くなっているので大工が溶接の技能を身に付ける必要があるだけでな
く、大工の仕事が減少した時にツブシが利くように半自動溶接技能の習得を推奨しているそ
うである。そのために、$16,000(約200万円)のAR溶接訓練マシンを導入したわけである。

さらに驚いたのは、一人前の大工になるにはある程度、ITのリテラシーが必要という考えで、
大工初心者コースのカリキュラムに、EXCELやWORD、CADの習得や、BIMの概念を教える
授業を設けている。また、大工が技能を高めるコースでは、トータルステーションで測量し
たり墨出ししたりする技能を身に付ける授業に人気が集まっているそうである。

BIM先進国である米国は、建築技能者の世界にまでITを浸透させているし、BIMの知識を広め
ているのである。建設技能者がこうした知識や技能を身に付けることは、施工現場の生産性
上昇を期待でき、それを原資とした正当な技能者処遇の獲得や維持につながると想像できる。
また、建設産業においても施工の上流から下流に至るBIMモデルのデータ活用の道筋を具体的
に描くことができるようになろう。この道筋における下流の人材育成を担うCJAPが、ハウス
メーカーやゼネコンといった個別単体の企業ではなく、大工のユニオンが運営しているところ
に、我が国の建設業が感じ取っている閉塞感の打開へ活路を見出すヒントがあるように思わ
れる。

もちろん、CJAPの教育を受けてユニオン所属の技能者になるか否か、あるいは一人前の技能者
がCJAPに戻ってプラスアルファの技能を身につけるか否かの選択は、あくまでも個人の自由で
ある。しかし、個人が努力を積み重ねる機会が平等に拓かれていることは、米国の底力の源泉
ではないだろうか。



 
 

志手 一哉 氏

芝浦工業大学 建築学部  建築学科 教授