Breath/ng(2) 3DプリンタとVR
2020.09.17
パラメトリック・ボイス 隈研吾建築都市設計事務所 松長知宏
前回の続きになりますが、今回もBreath/ngというインスタレーションについてご紹介させて
いただきます。
建築デザインのスタディを進める中で模型は非常に有効ですが、どうしても実寸1:1スケール
のものをガンガンつくるという訳にはいきません。
この時は折り紙ユニットのスタディは1:1のスケールで進めることができたのですが、ユニッ
ト同士をつなげた姿を実寸で表現することはできませんでした。
そこで3Dの出番です。
前回ご紹介したように、3Dモデル上ではこれらのユニットをつなげたり、形状を変えること
ができました。
通常はこれらのモデルをアングルを決めたうえで写真を撮るようにレンダリングをかけて、
印刷したものを打ち合わせで使います。
このレンダリングがなかなか曲者で、いいアングルで取れたものや、光がうまく回ってきれい
にレンダリングできたものは見栄えがよく、打ち合わせでも何となく良い案に見えてしまう、
ということもあります。
今回は通常の建築物とも違いますし、今までに見たことのないものにしようという思いもあっ
たので、2Dのレンダリングのみから空間を想像するのは困難でした。
そこで隈との打ち合わせではVRを使うことにし、少しでも実際の空間体験に近い状況で数々
のバリエーションを比較しました。
VRといってもゲームのように中を動き回れたりする本格的なものではなく、あくまでも360度
の2D画像をゴーグルでみるだけのものです。
それでも、自分が立っている高さで回りを見渡せる体験から得られる情報量は、今までの2D
のレンダリングをはるかに超えるものです。
特にスケール感の把握という意味では模型に次いで非常に強力なツールといえるでしょう。
3Dソフト上で少し設定を変えるだけで、簡単につくれるVRなので非常にお勧めです。
もう一つご紹介したいのが、3Dプリンタです。
プロジェクト以前から事務所内にフィラメント型のプリンタはあったのですが、どうしても
1:100といったスケールの建築模型を作る際には精度が足りない印象があり、正直なところ
なかなか実際に利用する機会がありませんでした。
今回は複雑ならせん形状をささえるフレームを繋ぐ「ジョイント」の形状をスタディする過程
で3Dプリンタの利用を始めたのですが、あくまでも1:5の模型用としてなら出力精度に問題が
ないだろうという想定での利用でした。
ところが出力してみると意外にも強度があることがわかり、実際のインスタレーションに利用
することにまで話が膨らみました。
とはいえ、多くの来場者がある展示会場でつるすためには安全性を確保する必要があります。
3Dプリンタについてはより専門的な技術を持っているDMM様とHP様にご協力いただき、最新
の方式と素材を用いて制作を進めることになりました。
さらに構造計算については江尻建築構造設計事務所様にご協力いただき、荷重や変位の解析も
行いました。
現地イタリアに45種類の異なる形状のジョイントを利用することを伝えたときには、45種類
全てについて強度試験を行うように指示があったのですが、最初に送ったサンプルが想定以上
の強度をもっていることがわかり、一番強度が必要とされる部分のパーツのみの試験でクリア
することができました。
はじめは1:5の模型を作るために検討した3Dプリンタですが、実物の1:1のパーツとして出力
できたことが大きな収穫でした。
建築で3Dプリンタというと、家を丸ごと出力できてしまうようなことを想像する人も多いか
もしれませんが、小さな部品一つの自由度が上がるだけで、デザインの幅が大きく広がること
を実感できたプロジェクトです。
先日VR関連のイベントで知り合った方の話では、最近はVR空間内のプレイヤー自らが家など
の構築物をモデリングできるプラットフォームが人気だそうです。
3Dプリンタの技術でいろいろな素材を自由に組み合わせることができるような仕組みができ
れば、VRの世界と現実がぐっと近づきそうです。