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コラム

「新しい建築」と「新しい働き方」

2020.09.24

ArchiFuture's Eye                  広島工業大学 杉田 宗

左右に「新しい建築」と「新しい働き方」と書かれたスライド、これは私が講演させてもらう
際に冒頭で見せるスライドの1枚である。

 建築の情報化を考える上で重要になる「新しい建築」と「新しい働き方」

 建築の情報化を考える上で重要になる「新しい建築」と「新しい働き方」


この後に、海外のデジタルデザインの動きや広島工業大学でのデジタルデザイン教育、杉田宗
研究室や杉田三郎建築設計事務所で進める研究やプロジェクトの話が続く。「新しい建築」と
「新しい働き方」を分けて考えることは、現在の建築分野での情報化を考える上で重要ではな
いかと考えている。今回はそれについて考察しようと思う。
 
BIMやコンピュテーショナルデザインの必要性が叫ばれて久しいが、ここ数年のBIMの浸透に
よって、デジタルデザインの裾野の広がりを感じるようになった。設計や建設の実務において
も、スーパーゼネコンや組織設計事務所が先行する形で、導入や研究の段階から実践的な活用
にシフトしていると言えるだろう。さまざまな試みが建築となって実現し、建築雑誌をめくる
と、多くの作品の中で「BIM」や「コンピュテーショナルデザイン」というキーワードを見る
ことができる。
 
ここで1つ気になる点がある。BIMやGrasshopperといった共通のツールやソフトを使っては
いるが、それを使っている組織や建てられる建物の規模や用途は大きく異なる。決して同じ目
的でデジタルデザインを使っているとは言えない。さまざまな背景や意図があるだろうが、大
きく分けて2つのベクトルに分けられると思う。それが「新しい建築」と「新しい働き方」で
ある。
 
「新しい建築」はこの世に建築が生まれた時から、建築に関わるさまざまな人間が探求してき
た建築の創造性に向いたベクトルである。いつの時代も、その時代の最先端の技術を取り入れ
ながら、まだ見ぬ空間や建築を実現させ、建築の価値を深めてきた。情報技術も同様に、これ
までには不可能だった造形やより複雑な構造の実現のために取り入れられてきた。2010年頃、
私がペンシルバニア大学の大学院でセシル・バルモンドのもとでアルゴリズミックデザインの
研究を進めていた時も、私のベクトルはそちらに向いていたし、大学院での教育はアルゴリズ
ミックデザインを含め、情報技術を活用しながら「新しい建築」をつくっていく建築家を育て
る教育だった。
 
1997年にフランク・ゲーリーのビルバオ・グッゲンハイム美術館を皮切りに、2000年代に入
るとザハ・ハディドやトム・メインが大規模な公共建築で非常に複雑な形態の建築を作り始め
る。2008年にオリンピクが開催された北京にはヘルツォーク&ド・ムーロンによる鳥の巣や
OMAのCCTVが建ちこの時代のピークを迎えた。ハーバード大学やAAスクールの優秀な学生
の就職先がこういったスターアーキテクトの事務所だったことを考えると、1994年にコロン
ビア大学で始またペーパーレススタジオが基点となり世界中の建築教育に広がった3DCAD
やデジタルファブリケーションを取り入れた設計教育が、建築業界全体に与えた影響は大きい
のではないだろか。
 
この流れはそのまま日本に入ってくることは無かった。長い不景気が続いたあげく、2011年
には東日本大震災が起こる。自然災害や集まって暮らすことへの意識が高まり、それ以降「新
しい建築」のあり方についての模索が続いているように思う。
 
一方、東日本大震災からの復興で、人手不足や職人の高齢化が顕在化し、仕事の効率化や少人
化が求められるようになてくる。2019年に働き方改革関連法が施行されると単に足りない
労働力を補うだけでなく、多様で柔軟な働き方に変えていくことまで求められるようになた。
設計事務所や建設会社も例外になく、このタイミングで遅れを取っていた情報化を本格化に進
める動きにあり、BIMの浸透はその流れによるものだ。BIMの活用は上流の設計の域を超え、
施工や維持管理が視野に入ってきているが、それも建設プロセスや建物が建った後のマネージ
メントの効率化や少人化が目的になっている。徐々にBIMが、CADに替わる設計ツールという
位置づけから、建築のためのデータベースにシフトしていき、「BIMを使うこと=これまでの
働き方を変える」という認識が広がっていくのではないかと思う。BIMの活用に限定はされな
いが「新しい働き方」へ向いたベクトルは着実に大きくなっている。
 
前者の「新しい建築」がアウトプトに重点が置かれているのに対し後者の「新しい働き方」
がプロセスであることから、この先は典型的な対極な議論にならざるを得ない。BIMに対して
ネガティブな意見を持っている建築家もいるが、これはベクトルが違うのである。こういう建
築家に限ってセシル・バルモンドやフライ・オットーの話で盛り上がったりする。
 
私は今後の建築分野の発展を考えると、「新しい働き方」と「新しい建築」の両方を獲得して
いくことを目指さないといけないと思っている。この2つのベクトルが混ざり合う先に私たち
の時代が追求すべき建築があるのではないか。建築の歴史を見ても同じような動きは多い。例
えば産業革命が進む19世紀末に中世の手仕事への回帰を目指したアーツアンドクラフトに影
響を受け、芸術と産業の融合を目指したバウハウスがモダニズムの基盤をつくった。これから
私たちが体験するのは、そのくらい革新的な変化になる可能性がある。

 これから「新しい建築」と「新しい働き方」は混ざり合う必要がある。建築を学ぶ大学生など、
 若い世代には積極的に両方を取りに行くことを目指してほしい

 これから「新しい建築」と「新しい働き方」は混ざり合う必要がある。建築を学ぶ大学生など、
 若い世代には積極的に両方を取りに行くことを目指してほしい


今年はコロナの影響もあり「新しい働き方」へのベクトルがより一層強くなった。また、新し
い生活様式への配慮も課題になり、建築を考える上で新たな視点が必要とされるようになった。
今重要なのは、2つのベクトルを混ぜ合わせて追求していく建築のビジョンを鮮明にしていく
ことだと感じている。私もさまざまな活動を通して、未来の建築のビジョンを具体的に示して
いきたいと考えている。

 昨年度から広工大の「建築保全業務ロボット研究センター」が中心となって進めている『クリ
 エイティブ・メンテナンス』の実験。BIMとロボットを連携させ、メンテナンスの価値を再構
 築していく試み。今後のコラムで詳しくお伝えします。

 昨年度から広工大の「建築保全業務ロボット研究センター」が中心となって進めている『クリ
 エイティブ・メンテナンス』の実験。BIMとロボットを連携させ、メンテナンスの価値を再構
 築していく試み。今後のコラムで詳しくお伝えします。


BIMの導入ひとつを取ってみても、これまでの働き方を変えて新たなことに取り組むことはな
かなか大変なことである。単に仕事の効率化のためだけでなく、その先にどんな建築や、それ
を取り巻く社会をつくるのかを思い描きながら日々建築と向き合っていくことで、持続性を
もった大きな変化につなげていくことができる。大きなベクトルは、同じ方向を向かう小さな
ベクトルの集合によってつくられるのではないだろうか。
 

杉田 宗 氏

広島工業大学 環境学部  建築デザイン学科 准教授