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コラム

建築BIMの時代9 パラダイムとBIM

2020.10.07

ArchiFuture's Eye                 大成建設 猪里孝司

前回のコラムで「科学革命の構造」に触れた。孫引きもよくないと思い読んでみた。前回、本
書で「パラダイムシフト」という言葉が使われたと書いた。正確には「パラダイム」という言
葉を使っているが、「パラダイムシフト」という言葉は使われていなかった。お詫びして、訂
正させていただく。ちなみに「パラダイム」という言葉、現在では私のような一般人もなんと
なく分かったような顔をして使っているが、本書が発刊されたころ科学哲学の世界(何を隠そ
う「科学哲学」という学問分野があることも本書で初めて知った)では大きな論争になったそ
うだ。
 
科学哲学での「パラダイム」の論争はおくとして、BIMの展開を考えるときに、本書の主張で
参考になる点が多々ある。例えば、ある科学分野でいったんパラダイムが定まると、未解決の
問題の解答をそのパラダイムの枠内で探すので、探求する範囲が限定され効率的にその分野の
研究が進歩するというのだ。その分野の教科書もそのパラダイムに沿って必要なことを効率的
に学習するように編集される。そのため、現状のパラダイムを否定し新たなパラダイムに移行
するのは非常に困難だというのだ。新たなパラダイムへの移行の突破口と開くのは、既存のパ
ラダイムでは解決できない問題に直面し危機を感じている人か、経験の浅い非常に若者だとも
いっている。そして新しいパラダイムの少数の支持者がそのパラダイムを改良、発展させ新た
な支持者を獲得し、古いパラダイムを支持する科学者が時間とともに少なくなり、新しいパラ
ダイムが確立するというのだ。
 
安易な類比はよくないが、建築BIMに当てはまることも多々あると感じている。例えば、BIM
やコンピュータを利用した設計や施工、ロボットなどを正規の授業で教えている大学は数少な
い。私が勤務する会社でも、BIMやコンピュータを自身の設計業務の中で、積極的に取り入れ
ようという設計者はそれほど多くない。施工者にしても、同様である。私はこのことを非難し
ているのではなく、至極当たり前のことだと思う。本書を読んで、その感を強くしただけであ
る。現状で大きな問題、障害がなければ、既存の仕組みを変える必要はない。実際、建築を造
るという枠組みの中で考えると大きな問題はないのかもしれない。特に設計者や施工者など当
事者として直接建築生産に深く関わる人たちにとっては、尚更であろう。
 
しかし、建築に関わる当事者の枠を少し拡げて考えた場合も同じだといえるだろうか。現在の
建築生産の仕組みが、発注者や建築の利用者にとって最適なものだろうか。建築生産の仕組み
は、長い歴史の中でその時代の社会や技術を反映し、種々の改良が施されながら現在に至って
いると思う。そういう背景があるからこそ、発注者や建築の利用者も現在の建築生産の仕組み
を受容しているともいえる。
 
しかし建築情報という視点からみると、現在の建築生産の仕組みには大きな問題がある。建築
そのものは出来上がっていくが、それと対をなす建築情報がきちんと作成されず、引き継がれ
もしない。建築のライフサイクルを考えたときに、建築情報が引き継がれないことは大きな問
題だと考えている。建築BIMがその解決に一役買うと信じている。それが実現した時には現状
の建築生産の仕組み自体が変化していると思っている。デジタル化の影響としてさまざまな海
外の事例が紹介されているが、それらは建築生産の変化の萌芽だと考えるべきである。
 
10月23日(金)のArchi Futureのパネルディスカッション『現場の実務者が語る、BIM / ICT
活用による建築ライフサイクルの革新』では、このような観点からも議論したいと考えている。
今年のArchi Futureはオンラインで開催される。時間的制約、物理的な距離の制約でこれまで
参加できなかった方に、是非ご参加いただきたい。
 
今回はBIMとVDS(Virtual Design Studio)について書こうと思ったが、Archi Futureの
福田先生大西先生の『異端児たち:建築・都市のxR新時代へ』を聞いてからにしようと思う。
 
参考文献:「科学革命の構造」(トーマス・クーン著、中山茂訳、みすず書房刊、1971)

    「科学革命の構造」の表紙

    「科学革命の構造」の表紙


 

猪里 孝司 氏

大成建設 設計本部 設計企画部長