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コラム

【BIMの話】生き字引に花束を

2020.10.20

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

探せないものはないのと同じ、という考え方があります。何だって、使いたいときに出てこな
いものには価値をつけてあげられません。手持ちにない資料は見せられないし、誰が知ってい
るかわからない情報にはたどり着けないし、缶切りのない缶詰は開かないからその時にがっか
りする、それはそのとおりです。

しかし現実は厳しく、検索窓にキーワードを入れて一番上に出てきたものを使う、というほど
簡単な情報環境というのはほとんどの会社にはないようです。私の所属する会社を例に取れば、
たとえば工事に用いる各種の仕様は仕様書としてまとめられていますが、設計的な検討事項・
留意事項はそれとして別にまとめられています。これに、法規の改正とか、新しい材料製品と
か、BIM関連のマニュアルとか……それぞれ必要ではありながら、著者も違えばニーズも違う
ので、それぞれに管理されています。

ではこれを串刺しで検索できるシステムはないのか?そういうものは作れないのか?……とい
う話になって、ほぼ今年1年まるごとかけてあちこち探し続けたのですが、どうやら結論は
「そういうものはない」という話のようなのです。理由はたくさん考えられますが、様々なメ
ディアの置き場所やメタデータなどの整備が進んでいないのでそこにコストがかかること、さ
らにその検索システムは構築できても、正答率を上げる仕掛けが難題であることが大きな要因
であると私は認識しています。

スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式の式辞で引用した"Stay hungry. Stay
foolish."という言葉は今日ではきわめて有名になりました。そのフレーズはもともとはWhole
Earth Catalog(WEC, 全地球カタログ)
の最終号の裏表紙に書かれたものです。

全地球カタログとは、1968年に創刊され1974年まで続いた雑誌であり、その名の通り「地球
上のすべて」を掲載すると標榜しながら、そこに掲載された商品はブランドを問わず雑誌付属
のはがきで購入することもできたという現在のGoogleやAmazonなどの仕組みを予見するか
のような雑誌です。

とはいえ、実際に全地球にあるすべての道具を掲載したカタログが可能なわけではありません。
4つの掲載基準を満たしたものが編集部によって選ばれ、雑誌という形をとって発行されてい
ました。

全地球なんてターゲットにするから大変なのだろう、でも一つの会社の中の情報をカタログ化
することくらいできるのでは?そう思う方は多く、私の会社でもそれ以外でも、それらを包括
するカタログを作ろうという仕組みが数え切れないほどありました(今でももちろんあります)。
その努力は必要なことですが、一方でこういうものの見方があるのも確かです。

 左から:(状況:お互いに主張が異なる標準が14個)「14?あほらしい!みんなのユース
 ケースを一つにまとめた決定版を作らないといけないな!」「そうだね!」[ほどなく]
 (状況:お互いに主張が異なる標準が15個)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のxkcd.comへリンクします。

 左から:(状況:お互いに主張が異なる標準が14個)「14?あほらしい!みんなのユース
 ケースを一つにまとめた決定版を作らないといけないな!」「そうだね!」[ほどなく]
 (状況:お互いに主張が異なる標準が15個)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のxkcd.comへリンクします。


「 “属人的” というのは、“当事者意識を持った” と言い換えても良いわけですよ」
とある人に言われ、いろいろとハッとするものがありました。人が抱えている知識はダメ、誰
にでもアクセスできるように精製された知識だけが尊い……とまでは言いませんが、それに近
いことを思っていたのではないかと気づきました。

私の考えはこうでした。たとえば社内になんでも知っている生き字引みたいな人がいる。その
人に聞けばいろいろ答えてくれる。でもその人とつながれない人は知識にアクセスできないし、
その人が何なら知っていそうかは名前だけからはわからない。その人が参照する資料や知識は、
何らかの方法で検索できなければいけないのではないか?

しかし掘ってみると、そういうわけにもいかないのでした。結局、「なんでも知っている」と
目される人は、その人にとって必要な情報をよく噛み分けて、わかる程度の分量で、アクショ
ン可能な項目にして教えてくれるという機能を兼ね備えています。情報は探せただけでもまだ
ダメで、そこから先へと流通していかなければなりません。

結局元を正して何が問題なのかといえば、人が中心となった知識の体系は往々にして自発的な
善意で運営されていて、それに然るべきインセンティブが伴っていないケースが間々ある、と
いうことなのでしう。インセンテブはお金とは限らずむしろお金に替えると壊れるコミュ
ニティもいくつもあります。スティーブン・リースの「16の基本的欲求」などを見てもあらた
めて気づきますが、そうしたシステムを維持するために払うべき「対価」の形は多様です。

属人的な暗黙知を形式知化する。あちこちで何百万回も繰り返されているマントラです。人手
不足の時代、経験知に頼ってはダメ。非熟練にも扱いやすい開かれた知識環境を。事実そのこ
とは重要です。

しかし、属人的なネットワークから効率よく学べるものもたくさんあります。そもそも、授業
やWebinarといった人から学ぶスタイルが効率よいケースを私達は経験的にいくつも知ってい
ます。とくに、喫緊で何かの知識を実装する必要があるとき、もっとも濃密に学べる方法のひ
とつが「よく知っている人に教えてもらう」ことでしょう。

佐賀藩士 山本常朝の著した「葉隠」はその写本が国立国会図書館デジタルコレクシンで閲
覧でき
、そこにはこんな言があります。
   「智慧を磨く学問は、巧者の衆とよりあひ、話聞くが肝要。万事相談に極るなり。かねて
    人をよく見立て入魂にするが秘蔵。」
現代ではその方法は少し拡張しています。たとえば論文を書いていると新しい概念の導入が必
要で、別な論文を読んだりするのですがこれがさっぱりわからない。しかしそのキーワードで
見つかる解説動画をYouTubeで何本か見たりした後だと嘘のように頭に入ったりするから不思
議なものです。以前のコラムでも少し触れたことがありますが、「学びの宇宙」は拡張してい
ます。データベース化することや資料化することだけが道ではありません。

そんなわけで、人を中心にしたデータの運営、はたまた、人をコンタクトポイントとしたデー
タ蓄積のあり方について、BIMからぐるりと回って注目している今日このごろです。【BIMの
話】という自分シリーズを始めてこれで20本目のコラムになりだいぶ話がフワッとしてきた
ようにも見えますが、私の中ではこれが今のBIMの震源地!ということで今回もお送りしてお
ります。
 

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授