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コラム

マスカスタマイゼーションをイメージする

2015.10.13

ArchiFuture's Eye                 日建設計 山梨知彦

20世紀は、大量生産すなわちマスプロダクションの時代であった。
自由と平等の名の元で、全ての人に、お金持ちであろうと無かろうと、大量に均質にそして高
品質に生産されたコモディティ化されたモノが、公平に配分される状況を正義として、ものづ
くりが進められた時代であった。このマスプロダクションを基本として組み上げられた価値観
は意外なほどに僕らの価値観やモノの見方の中に染み込んでいる様な気がしている。

代表的なモノは勤勉であろうか。勤勉であることはこの世で生きていく上では間違いなく美徳
とされる善行に思える。しかしある経済学者によれば、勤勉とは大量生産の効率を上げるため
に進んだ分業化の結果、生産作業に関わる労働者が最終成果物に直接接する事がなくても労働
意欲を掻き立てるために発明された概念であるという。つまり勤勉とは、大量生産を実現する
巨大な装置に歯車として組み込まれた個人を円滑に回転させるための潤滑油だということだ。
ショッキングな話ではあるのだが、大量生産というこのシステムが、いかに深く我々のものの
考え方の基盤に刷り込まれ、影響を与えているのかに目を向けさせてくれるきっかけとしては
気が利いたストーリーだと思う。そういえば、工業化した=industrial と勤勉な=industrious
は、よく似ているしな、などと妙に納得してしまう。

では21世紀は何の時代であるかと問われれば、僕はマスカスタマイゼーションであると答えて
いる。
言われ出したのは21世紀初頭であるが、それがいったいどんなものであるのか、今まで明快な
定義を聞いた覚えはない。正にモダニズムに対するポストモダニズムの様に、マスプロダク
ションを乗り越える対概念として、その出現を期待して予測した、実体を伴わないイメージ先
行型の概念こそがマスカスタマイゼーションであるからそれもやむをえないと言えるだろう。
大量生産に負けない品質と個性を実現しつつも、個々人のニーズに合わせてカスタマイズされ
生産されるものというあたりは、漠然としているとはいえ共通の認識となっているのだが、問
題はそれをどう実現するかである。

ArchiFutureに集まっている人々は、マスカスタマイゼーションを実現する鍵となるのが、コ
ンピューターをはじめとするICT技術であると思っているわけだ。BIMもコンピュテーショナ
ルデザインも、デジタルファブリケーションも、建築の領域におけるマスカスタマイゼーショ
ンの実現を睨んで、盛んに議論が交わされている。マスカスタマイゼーションを具体的にイ
メージして実現をするとともに、勤勉に代わる概念を発明する必要があると僕らは考えている。

 中禅寺湖のほとりに立つゲストハウス「On the water」。ICTを設計に積極的に導入し、住宅レ
 ベルによるカスタマイゼーションを目指した一例。

 中禅寺湖のほとりに立つゲストハウス「On the water」。ICTを設計に積極的に導入し、住宅レ
 ベルによるカスタマイゼーションを目指した一例。


 BIMとコンピューターシミュレーションにより、一品生産である建築の品質向上が、住宅レベル
 においても可能になりつつある。

 BIMとコンピューターシミュレーションにより、一品生産である建築の品質向上が、住宅レベル
 においても可能になりつつある。

山梨 知彦 氏

日建設計 チーフデザインオフィサー 常務執行役員