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コラム

ビルディング・インフォメーション・ディスタンス
~建物情報分断考

2021.02.02

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

昨年2020年の「今年の漢字」は「密」だった。新型コロナウィルスの災禍に翻弄された一年
であったから、感染を避ける最も重要なキーワードとして「密」という字を連想するのは当然
だろう。しかし、筆者としては昨年の世の中を端的に表す漢字は「断」ではなかったかと思っ
ている。一字でなくて良い、ということであれば「分断」が適当かもしれない。目に見える形
で社会における様々なつながりを分断することになったコロナ禍が、目に見えない社会の分断
をもあからさまにしてしまったのが2020年という年だったのではないだろうか。ソーシャル
ディスタンスという言葉が社会の分断をイメージさせるためか、現在はフィジカルディスタン
スという言い方に改められているが、いずれにしてもこれまで当たり前のように思えていた
様々なつながりが急速に分断された(または分断が顕在化した)のは確かだろう。
これらに直接かかわる話ではないが2020年は「BIMの分断」について大いに考えさせられた
一年となった。
 
建物情報を集約・統合して企画・設計から施工、運営維持管理まで一貫して情報をつなぎ、共
有する情報管理手法こそがBIMの本質の一つであり、建物ライフサイクル全体の建物情報管理
を最適化すると言われている。実施にいくつかの実プロジェクトで建築生産から運営維持管理
へBIMを介した建物情報の流通と、BIMモデルを建物情報の原本とする運営維持管理を実施す
ると、BIMによる建物情報サイクルの実現が技術的に可能であることが確認できる。近年では
事例も増加しており、BIMは単に建物を建てるためのものではなく、竣工後に建物のデジタル
ツインとしても機能することが認知されるようになってきている。
新築から運営にBIMを介して建物情報を引き継ぐための手順やルールは、もはや特別なもので
はない。しかし、これを一部のBIMマニアによる取り組みではなく、一般的な業務として運用
するための環境や体制、仕組みを作ろうとすると必ずしもうまくいかない。データのフォー
マットやフローを決定し、ツールを整備してBIMモデルを作成する。それを関係者間で共有・
流通し活用することで、これまでにはなかった便益を得る(または新たな価値を創出する)、
というシナリオは設定できても、実際に運用を行おうとすると何故かスムーズには進まない。
BIMの理念・方針・計画と運用・実施の間にはどのような「分断」が存在するのだろう?
 
建物ライフサイクル全体を見ると、当然といえば当然のことだがステークホルダー間で建物の
捉え方が異なっていることがわかる。極論を言えば、同じ建物をまるで異なる見方をしている
と言ってもよいだろう。建物のモデル化・情報化という視点で、どのような差異があるのかを
考えてみる。
 
最初に思いつくのが、設計・施工をはじめとする建築生産と、運営・維持管理と言った運用保
守の情報に対するニーズの違いだろう。それぞれの目的や業務に必要となる建物情報をデータ
の項目として整理すると、建築生産で作成される建物情報は、建築生産で使用するものと直接
は使用しないもの、運用保守に引き継ぐものと引き継がないものといった二軸のマトリックス
で分類できる。同様に、運用保守で作成される建物情報にも運用保守で使用するものと使用し
ないもの、改修や増改築と言った建築生産に引き継がれるものと引き継がれないもので整理で
きる。このうち、「その工程で作成するが、その工程では使用しない。しかし次工程では必要
とされるデータ」の確実な継承が課題となる。全体最適というBIMの理念は理解できても、実
際の業務において自身が直接必要としない建物情報をわざわざデータとして作成・入力するた
めのインセンティブ(または強制力)がなければ、建物ライフサイクルにおける建物情報の流
通は分断されることとなる。
 
次に考えられるのが、建物単体と建物群の捉え方だろう。大規模開発のような場合もあるので
一概に決めつけることはできないが、一般的に設計や施工では単体の建物(もしくは単一の
ロケーション)を対象として業務を実施するのに対し、建物オーナーやユーザーは保有または
使用する複数の建物を経営資源やCREといった建物群として捉え、分析・施策立案を行う。
建築生産ではそれぞれのプロジェクトにおける要件と課題を解決することが求められ、そのた
めの建物モデルはプロジェクトごとにある程度の差異が生じることとなる。一方建物運営では、
複数の建物群を対象とした全体最適を行うために、集計や分析ができるように統一された建物
モデルで複数の建物をデータ化する必要がある。竣工後の運営の最適化を目的とした建物モデ
ルを提示されても、それが建築生産における課題解決のための建物モデルと合致しなければ、
本末転倒という事になってしまう。建物情報をデータベースの一部として捉えるセンスを持つ
か否かという差も大きい。
 
このような課題と直接関係するかどうかはわからないが、そもそも建築と情報の間には問題の
モデル化プロセスにおけるギャップが存在するのではないかとも思える。
建築の設計・施工は、要件、予算、法令、敷地条件、文化的な背景を始めとする現実世界での
非常に多くのパラメータをすべて列挙し、それらを最適化する問題解決手法ではないかと思う。
それに対して、情報化やデータ化では、現実の問題を一般化・抽象化し、問題解決を行うため
のクラスを定義するプロセスが重要であるように思える。建築の視点からは情報のモデル化は
現実問題を単純化しすぎるように見え、情報の視点から見ると建築のモデル化はパラメータを
最適化せずにただ並べているだけに見えるのかも知れない。このような建物と情報の境界領域
でのギャップは、今後建物の情報化を進めていけば行くほど顕在化するように思える。
 
建築生産と運営維持管理の境界領域におけるこれらの問題について、現時点で筆者はまだ明確
な答えを見つけられていない。
建物ライフサイクル全体を通して建物の種類や運営方針に左右されない、統一的・普遍的な建
物モデルの姿を見つけることも必要だろう。しかし、それができたとしても、工程ごとに発生
する建物情報が適切にBIMモデルに集約されるBIMフローやBIMマネジメント手法、更に次工
程のためにデータを作成するモチベーションとインセンティブがなければ建物情報の容器は空
のままである。建物ライフサイクルを構成する各工程の関係者が、自工程のためだけでなく他
工程が必要な建物情報を理解し提供するマインドや、それを無理と負担なく実施できる仕組み
が必須となる。
建物ライフサイクルにおける各工程間での建物情報の分断とビルディング・インフォメーショ
ン・ディスタンスとも言うべき距離をどのように解消していくのか、引き続き検討して行く必
要がある。その上で重要なことは、昨今の社会の分断問題と同様に、建物をめぐる様々な立場
における自身と他者の立場の理解、そして他者の存在を容認する姿勢だろう。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター