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コラム

他律的なプロセスから生まれる自律的な振る舞い㊤

2021.03.11

パラメトリック・ボイス
                       東京藝術大学 / ALTEMY 津川 恵理


公共空間に興味がある。利用する人が限定的ではない場所を設計する行為は、まるで見えない
相手と対話しているようで、社会的であり、時代性に富む面白さがある。
ニューヨークに住んでいた2018年、どのようなデザインアプローチが都市に求められるのか
を確かめるべく、街中に実験を試みた。目に見えない人々と建築を通して対話するには、実際
に仕掛けてみないと分からないことが多々ある気がしていたからだ。その際、設計者の恣意性
によって具体的な行動が導かれるというよりは、都市を利用する人の数だけ、如何にして行動
パターンを生み出せるかを考えていた。当時、現地で知り合ったデータアナリストの
中川直美氏と意気投合し、仕事終わりにDELIに集まって、都市への新しいアプローチを日々
議論していた。異業種同士の議論だったにも関わらず、現代の都市に抱いているイメージが重
なり、さらに議論は加速していった。その中で出てきたアイデアを用いて、マンハッタンの
南西23rd street/6 and 7 Aveの歩道空間に、中川氏と共に自発的に都市実験を試みたのだ。
実際には、大量の鏡面仕上げの風船を歩道内に浮かせてみた。すると、予測不可能な動きをす
る風船を介して歩行者が立ち止まり写真を撮る風船を叩く他人が飛ばした風船を避ける、
蹴る、蛇行しながら歩くなど、思い思いの行動を引き出すことが可能となった。突如歩行空間
に異物を挿入したとき、怪訝な表情をする人はほとんどおらず、むしろほとんどの通行人が
笑顔になったことが、この都市実験において最も重要な収穫であった。歩行するために用意さ
れた公共空間に、それ以外の要素を挿入することの難しさを身に染みて実感したのだ。そして
この実験を見て下さった兵庫県の三宮本通商店街の振興組合の方々が、是非次は商店街で行っ
てほしいと訪ねて来てくださったのだ。

 ニューヨークでの都市実験の様子

 ニューヨークでの都市実験の様子


初めて国内で実施できることになり、規模も予算も大きくなったことで、風船の配置計画につ
いて、より精度の高い検討が可能になった。まず、避難動線の幅員を確保するため、配置する
風船同士の距離を2メートル以上設けるためのパラメーターを設定する。それだけで幾通りの
プロットパターンが生み出せる。その次に、エージェントシミュレーションを用いて、数ある
風船のプロットパターンに人を流してみる。そして、人が集中的に流れる箇所は赤に、人が流
れない箇所は青にすることで、人の流れをビジュアライズし、風船のプロットパターンによる
サーキュレーションの属性をつくった。配置に偏りが出ることで溜まり場が生まれると、それ
は設計側の意図によって導かれる動線となってしまう。そこで最も分散して人が流れるプロッ
トを選択し、設計者というよりは、体験者の意思によって導かれる行動を促すための配置を決
定した。



この都市実験では他律的な設計プロセスを経ることにより、建築がもつ機能から部分的に設
計者の恣意性を削ぎ落し、体験者の意図が介入できる余地を残すことで、体験者の意思によっ
自律的な過ごし方が生み出されることを期待していた。これにより決定した風船の配置を
約150メートルの商店街全体に展開し2019年12月20日~22日の3日間昼の12時~19時に
ついに公的に都市実験を決行したのだ。<続く>
 

津川 恵理 氏

東京藝術大学 教育研究助手 / ALTEMY 代表