Archicadで多彩なデザインを生み出し、
さらなる発想の創出へ~前編<シーラカンスK&H>
2021.03.15
シーラカンスK&Hは、建築家の堀場弘氏と工藤和美氏が主宰する日本を代表するアトリエ設計
事務所の1つである。日本建築学会賞をはじめ、文部科学大臣賞、グッドデザイン賞、JIA日本
建築大賞などの受賞歴を誇り、学校や図書館を中心とする公共建築から商業施設、住宅、家具
まで、意欲的なデザインワークを広く展開している。
そんな同社は、ArchicadをメインツールとするBIMを用いたコンピュテーショナルデザインの
多彩な活用にも積極的であり、数々の先端的な取り組みを意欲的に続けている。今回、BIMを
活用し、さまざまなクリエイティブな作品を生み出し続ける、同社の代表取締役 堀場弘氏と
奥村禎三氏にお話を伺った。
業界に先駆けコンピュータを活用
「建築設計におけるコンピュータ活用に、私たちはかなり早くから取り組んできました」と語
るのは、シーラカンスK&Hの代表で建築家の堀場弘氏である。同社が活動を開始した1986年
当時は、日本の建築業界ではまだまだ手描きの作図が主流で、建築業界に2次元CADが広まり
始めた頃。むろん堀場氏らも使い始めていたが、それとは別にコンピュータを用いた取り組み
も進めていたという。
まず、堀場氏は1990年の“K-Project”という大規模な集合住宅開発プロジェクトを紹介してく
れた。「これはバブル後の頃で、とても大きな団地の計画でした。団地の計画では各戸の日照
時間の確保が重要な課題となります。当然、設計にあたっては、その日照時間に関わる制限を
どのように建築の形へ落とし込むかがポイントとなります」。そこで堀場氏は、日影ソフトを
使い、配棟計画のスタディを行ったのである。「高くすれば影が増える、ここを上げたらあそ
こに影ができる…といった相関関係を模型で確かめるのは大変ですが、コンピュータを使えば
簡単にシミュレートできます。そこで日影ソフトを上手く活用しながら、3Dスタディを行い
つつ形を決めていきました」。
次に堀場氏が紹介してくれたのが“砂丘博物館”(1996年)だ。自然の砂丘に建物が半分埋め
込まれたような点が特徴的な建築計画である。
「何しろ砂丘に埋もれているので、埋め込まれた建物の屋根部分が砂丘と形状的に連続するよ
うな形にしなければなりません」。そのため、埋め込まれた建物の屋根が砂丘と連続するため
の砂丘の微妙なアンジュレーション表現や、屋根の窪みに砂が溜まらぬようにする方法が課題
になったという。この時もやはり3Dスタディを繰り返し、風シミュレーションなども活用し
ながら形を決めていった。
一方、2000年に竣工した商業施設“ベイステージ下田”のプロジェクトの場合は、初期計画の
ポイントだった斜めの柱型をどうレイアウトするかが課題となった。「この案件では、構造設
計者との連携がポイントになりました。彼らと論議を重ねるうち、“ラーメン構造を用いるこ
とで断面を最小限にできる”というアイデアをもらい、これを元に斜めパターンのバリエーショ
ンを大量発生させるプログラムを作成し、そこから絞り込んでいったわけです」と語り、まさ
に現在でいうコンピュテーショナルデザイン活用の先駆けとなる事例なのである。
このように同社は意欲的にコンピュータ活用の取り組み、その知見を集積している。その中で、
大きなターニングポイントとなったのが2004年の新規ツール導入だった。前述のとおり、その
頃すでに同社では3次元によるスタディも行なっていたが、ツール自体はモデリングソフトを
2次元CADと併用している状況だった。その中で2000年頃、同社へ入ったエジプト人スタッフ
が、当時同社では使用したことがない3次元ソフトを持ち込み、使い始めたのである。
「それが高機能なのにとても使いやすく見えました。エジプト人のスタッフは、建築設計の実
務経験を持つ若者で、訊ねると“海外ではみんな使用しているよ”と言っていました。そして横
目で見ていたスタッフたち皆も、これは良いし業務にも使えると。早速、使ってみることに決
めたのです。それがGRAPHISOFTのArchicadでした」。
併用するスタイルからArchicadをメインに
「Archicadの魅力は、3Dモデルを作るだけでなく、そのモデルデータから図面を切り出し
レンダリングしてCGパースを作るなど、1台で業務に関わるすべてをトータルにカバーできる
点で、この点にとても魅かれたのです」と堀場氏は続ける。もちろん、これをいきなりメイン
ツールとして作図に使うのは難しかったが、いずれ必ず模型を組み立てるように設計する時代
が来ると考えた堀場氏は、Archicadを積極的に使用していった。「当時はまだ、BIMは一般的
になってはいませんでしたが、私たちはArchicadそのものに豊かな将来性を感じていたのです。
もちろんレンダリングやモデリングの操作性も優れていたし、とにかく1~2本買って始めて
みようと思ったんですね」と堀場氏。
「当初、Archicadは3次元スタディやパース制作のレンダリングツール的な運用が中心で、図
面は2次元CADで描いていました。しかし、やがてこの併用スタイルが困難になってきました」。
2D / 3Dなど複数のツールを併用すると、どうしてもコストが高くなっていくからだ。
「それで、複数を使い分ける併用スタイルから、一つのメインツールで設計業務をトータルに
行えるよう体制を変えていかなければならないと考えました。そこで、メインに選んだのが
Archicadです。将来性はもちろん、Archicadの普及が進むにつれ事務所全体の効率化も進ん
でいる実感があったためです。私自身、さまざまに検討する時間など、純粋にクリエイティブ
に費やす時間を増やしたいという想いがありました」。
そして少しずつArchicadをメインツールとする制作体制が確立され、同社のコンピュテーショ
ナルデザインはさらに加速していく。
Archicadを核とするBIM設計
その進化を象徴するような作品が、2012年度のグッドデザイン賞を受賞した“金沢海みらい図
書館”(2011年)プロジェクトである。「金沢海みらい図書館は、約45m角のワンルームに収
めた大きな広場を連想させる図書館です。いかに大空間へ自然に光を入れるか、どんな風に開
口部を開けるかがポイントでした」。
堀場氏らが構想したのは、大中小3種の円窓型開口6,000個がランダムに並んだ独特のパンチ
ングウォールの外壁で、これにより図書館内は柔らかい光と森のような静けさに満ちた、落ち
着きのある大空間となったのである。この6,000個という膨大で不規則な外壁の開口を、構造
的な整合性を取りながらいかに実現するか、という難題の解決には、やはりコンピュータの力
が欠かせなかったのである。
「ランダムな開口部の背後には、構造のブレースが仕込まれています。このブレースの存在を
感じさせないように開口部を配置するにはどうすべきか、コンピュータを使って検証していき
ました」。堀場氏らは、そのために必要となる条件をコンピュータにインプットし、ブレース
と整合した3種類の開口パターンをプログラミングにより100パターン以上の円窓配置を生成。
そこから、不自然ではないものや開口率ができるだけ大きいものを選び出し絞り込んでいった
のだ。もちろんこれに合わせてArchicadによる日影シミュレーションや3次元スタディなども
活用したのである。
そして、こうしたBIMソフトを活用した設計の流れが同社の基本スタイルとして確立された
きっかけとなったのが、“The University DINING”のプロジェクト(2015年)である。
「The University DININGは、首都圏のある大学のカフェテリア建築です。席数350ほどの平
屋の建物は、非常に細い木の梁を編み込んだような形で、天井全面を支える大きな木造屋根が
特徴です。しかも、この梁の編み込み風パターンについては、あえて均等でなくしているのが
ポイント。木の風合いを出した、森の広場みたいなカフェにしたかったのです」。つまり、幾
何学的に均等なパターンで並べただけでは、ひどく硬い印象が生まれてしまうのだ。それを避
けたかった堀場氏は、自然を疑似的に表現できるようなパターンを創りだそうとした。そして、
着目したのが、自然界で人が心地よいと感じる「1/fゆらぎ」のリズムである。堀場氏はこれを
プログラム化し、構造解析とともに木梁の配列を決定していった。
最終的にこの天井は約1,000パーツものLVL材を上下2段に組んで、細い鉄骨柱で支える構造と
なった。さらに木梁ピッチの幅を、前述の1/fゆらぎのリズムで波のように震幅させることで、
トップライトからの光を柔らかく変換していく。カフェテリア利用者の視線の方向や座る場所
によって、天井はさまざまに表情を変えていくのである。現在このカフェは、学生に加え老若
男女の地域住民も集う新しいコミュニティの場になっているという(※現在は、新型コロナウ
イルス感染拡大防止のための活動制限指針に基づき、一般の利用を中止している)。「自然」
を実現するために数式とコンピュータを駆使する。まさにシーラカンスK&Hならではのコン
ピュテーショナルデザインの実践だったと言えるだろう。
上記事例の続きは、Archicadで多彩なデザインを生み出し、さらなる発想の創出へ~後編で。