Magazine(マガジン)

コラム

デジタル・ファブリケーションにまつわる
エピソード(後編)

2021.06.22

パラメトリック・ボイス

コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 杉原 聡   
 
前回のコラムに引き続き、ブラッド・ピットが立ち上げたMake It Rightプロジェクトのため
に設計されたモーフォシス「FLOATハウス」でのエピソードを記す。

 図1. FLOATハウス 
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のSaji MatukのWebサイトへ
  リンクします。

 図1. FLOATハウス 
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のSaji MatukのWebサイトへ
  リンクします。


著者は住宅の玄関ポチに取付ける手すりのアルミパネルを設計(図1)CNC プラズマ切断
機でパネルを切出すためにトムメインの友人の金属工房に赴いたが、設計したパターンが複
雑すぎて工房のCAMソフトが使えず自作のソフトでG-Codeを出力した。それをプラズマ切断
機に読込ませて切断を開始した十数分後のこと。

ガンッ!という大きな金属音が工房に響いた。プラズマ切断機が停止している。目を凝ら
すと切断機のプラズマノズルのあるヘッド部分がアルミ板のせり上がった部分に激突したよ
うである。これはどういうことか。

CNCプラズマ切断機では加工される金属板は目の荒い金属格子の上に載せられている(図2)。
この上で穴を開けると切り取られた小さい部材は格子を通り抜けて落下し(図3a)大きな部
材は格子に載る(図3b)。しかし中くらいの部材は格子の一辺に引っかかり傾く(図3c)。一方
プラズマノズルが取り付けられたヘド部分はプラズマ放電による切断をしていない時でも低
い位置におり次の切断箇所に移動するとき部材の上空1cmにも満たない所を動いている。こ
の低く移動するヘッドが、傾いてせり上がっている部材に激突したのである(図4)。

 図2.CNCプラズマ切断機の金属板を載せる格子

 図2.CNCプラズマ切断機の金属板を載せる格子


 図3.切断された穴の部材

 図3.切断された穴の部材


 図4.プラズマ切断機のヘッドの衝突

 図4.プラズマ切断機のヘッドの衝突


「ああこういうことあるんだよ。」と言て停止したプラズマ切断機の設定パネルをいじる
金属工房オーナー(図面見せた時に先に言ってほしかった)。

衝突が起きた場合、プラズマ切断機のセンサーが異常を検知し、切断機に強制終了がかかる。
加工再開のためにはプラズマ切断機を再起動し、切断を再開する位置から始まる新しい
G-Codeを(少なくともこの機械の場合には)読込ませねばならない。私は急いで加工再開のた
めのG-Codeを現場で作成した目視で切断済みの閉曲線を確認し自作G-Codeフイルをテ
キストエデタで開きプラズマOn/Offで挟まれるルプを順番に比較し切断済みのループ
を削除して新しいG-Codeを保存した。それをプラズマ切断機に読込ませて加工を再開し、何
事もなかったかのように機械は再び切断を開始した。
 
しかしまた十~二十分後に衝突が発生今度はプラズマ放電中にせり上がった近隣部材に触れ
て停止また急いでG-Codeを作りなおそうと停止位置とG-Codeの座標を比べてあたりをつ
けて、おおよそ停止した位置から切断を開始するG-Codeを作成して切断機に読込ませた。そ
して切断機の加工開始ボタンを押しヘッドが最初に放電切断を始める位置に移動した。しか
しそこで切断機が停止してしまった。こんどはなんだ。
 
そこから始めたら電気通らないでしょ電気通らないとシャットダウンしちうんだよ
と傍で見ていたオーナーが言う(それも先に言って…)プラズマ切断は放電の高熱で金属を
焼き切っており金属板にはワニクリップで片方の電極が繋がれている。プラズマノズルの真
下に金属部材がなければ通電せずに放電が起きないのである(図5)。

 図5.プラズマ放電切断のための通電部材のある/なし

 図5.プラズマ放電切断のための通電部材のある/なし


PCに戻りまた新たなG-Codeファイルを制作する今度はヘッドが切削済みの部分に来ないよ
うに曲線上を十分に進んだ位置から開始するしかしこれだと閉曲線の前回切った部分との間
に1~数cmの未切断部ができて穴が切り取れない(板は1/4インチ=約6mm厚)これはどうす
ればよいか。
 
「後で俺がハンドツールで切っといてやるよ」頼もしそうな笑みを浮かべているオーナーで
はあるがそもそもずっと前に図面を送ってこの人に切断加工をお願いしていたものの納期近
くにこんなの切れないと言い出して著者が工房まで来る羽目になっているのだが大丈夫だろ
うか。

ともあれその日のうちに可能な限り切断を進めることにし、その後も何度も衝突と再起動、
G-Code作り直しを繰り返し未切断部分を残しながらもプラズマ切断して行そして夕方
にモーフォシス事務所に戻り、翌日からの対策を思案した。問題は衝突が起きた時のタイムロ
スの大きさと、そしてそもそも衝突が起きることである。
 
まず自分で生成したG-CodeファイルはCADフイルから直接テキストのG-Codeフイル生
成しているため、どのG-Codeがどの曲線に相当するかの直感的理解が容易でない。どの曲線
がどのG-Codeであるかの対応と、次に切断される位置の現場での把握を容易にするために、
G-Codeを読込んで切断形状とその順番そしてそれらに対応するG-Codeコマンドを表示する
プログラムを作成した(図6)そしてG-Codeの作り直しを容易にするためマウスで選択され
た曲線やG-Codeコマンドの削除や編集を行い新たなG-Codeフイルを保存する機能を付けた。

 図6.G-Code表示・編集プログラム

 図6.G-Code表示・編集プログラム


以上のようにしてプラズマ切断機が衝突・停止した後にG-Codeの再生成の時間は短縮した。
しかし、そもそもの衝突を回避または減少することはできないであろうか衝突が起きるとき
は大体直前に切断して傾いた部材に接触した時であり部材が傾いてから衝突までの時間が短
く対処が困難であこのようなことになているのはヘドの移動距離/加工時間の短縮の
ためにつの穴を切断した次に最寄りの別の穴を切断することが影響していると考えられる
では、傾く可能性のある穴を切断した後に遠くにヘッドを移動させたら傾いた部材に対処す
る余地があるであろうかこのアイデアを元にして以下のようにG-Codeのスケジューリング
アルゴリズムを更新した。
  1) 切断する穴の閉曲線の幅高さが共にある程度以上であれば次は最寄りの閉曲線を切断す
       る(図3aの場合)。
  2) 切断する穴の閉曲線の幅高さが共にある程度以下であれば次は最寄りの閉曲線を切断す
       る(図3bの場合)。
  3) それ以外の閉曲線の場合はX方向(切断機長手方向)にある程度以上離れた閉曲線を(該当
     なしの時は最も離れた閉曲線を)次に切断する(図3cの場合)。
そしてこのアルゴリズムにインタンの人間を巻き込んで以下のようなシステムを考案した(図
7)。
 

 図7.CNCプラズマ切断機衝突回避システム

 図7.CNCプラズマ切断機衝突回避システム


翌日インターンと共に工房を訪れ、上記システムでプラズマ切断作業を再開した。著者は
G-Code表示プログラムから印刷した曲線の切断の順番を眺めながら部材がせり上がる可能
性に備えた待機位置を順次インタンに指示した切断部分が実際に傾いてせり上がた時に
ドとヘドが取り付けられたレルが遠方に移動して次の閉曲線を切断している間に
耐熱手袋を着けたインタンがせり上がた切断部分をやとこで取り除くかまたは引
て取れない時は叩き戻して平らにしたこの方法によりヘドの衝突は激減したまた衝
突したときでもG-Code表示編集プログラムにより素早く新しいG-Codeが生成でき作業は
順調に進んで必要な4つのパネルの切断は数日のうちに完了することができたのである(なお
にお願いした未切断部分の切り取りやプラズマ切断による荒い縁のヤスリがけには
もう少し日数を要したが、プロジェクトの他の工程が遅れたため問題にはならなかった)。
 
現場での問題に対処するために場当たり的/キング的に作成したG-Code生成プログラム
とG-Code表示・編集プログラムであったが、CAMソフトウェアに相当する部分を自分で作っ
てしまたおかげで現場での別の問題に通常のCAMソフトウアでは指定が困難な細かな
スケジューリングを行うこと(並びにインタンの彼の尽力)によて対処できたこのように
コンピュテーショナルデザインやデジタルファブリケーシンではツル自体を制作する
ことによて新たな問題解決方法を与え設計・ものづくりの幅を広げる可能性をもたらすの
である。

杉原 聡 氏

コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 代表