あらためてファシリティマネジメントからBIMを見る
2021.07.06
パラメトリック・ボイス NTTファシリティーズ 松岡辰郎
このところ、建物運営におけるBIMの活用について説明や意見を求められる機会が増えている。
すでにBIMは建築生産における情報統合の手段だけでなく、建物ライフサイクル全体における
建物情報の管理手法として、特に建物オーナーやユーザーに認知されていると感じる。設計施
工をはじめとする建物のサービス提供側においても竣工後のBIM活用が実践されており、様々
な事例を目にするようになってきた。
設計やファシリティマネジメント(以下FMとする)における建物や業務の情報化に関わってい
た筆者は、多施設のFMにおける建物情報のデータベース化や情報管理・活用において、データ
の効率的な作成とその信頼性の確保に頭を悩ませていた時期にBIMと出会った。その頃CAD
データ内の図形情報とデータベースを連携するCAFMシステムを開発・運用していたので、将
来必ずFMの領域でもBIMが活用されるようになると確信したものである。
当時最も興味を持ったのは、IPDをはじめとする建築生産工程のプロセス改善と建物情報統合
管理を結びつける「BIMの理念」だったと記憶している。長年蓄積・最適化された技術や知見、
すでに完成されているとも言える業界構造や商習慣のなかで建築生産のプロセスを変えていく
というのは決して簡単なことではないだろうが、それでも今までは存在していなかった情報化・
デジタル化という新たな次元が、変革を後押ししているように感じる。
竣工後のFMや維持管理でBIMを活用できないか検討する時、この「BIMの理念」をFMや維持
管理にどのように投影していくかを考えることが最も重要だと思う。BIMモデルがあるから
きっと何かの役に立つはずだ、という考え方自体を否定するつもりはない。しかし、できれば
更にもう一歩踏み込んでFMや維持管理をどのように変革するか、という視点からBIMの導入を
考えたい。長期間に及ぶ建物ライフサイクルにおいてBIMが継続的に活用されるには、BIMが
果たす役割が明らかになっていなければならない。
FMと維持管理が同じものではないことは認知されているが、なんとなく混同して使われている
ようにも見える。勿論FMの方が広い範囲の概念であり、維持管理はFMに包含されるイメージ
だと思うが、プロセス改善やそれに伴う建物の情報化やBIMの導入という視点で捉えたときに、
これらの違いをもう少しはっきりさせてもよいのではないだろうか。
そこで、「竣工後の建物に対して、設計者や施工者が設定・想定した要件や性能が経年や運用
によって損なわれないようにするための営みを維持管理」、「竣工後に限らずライフサイクル
全体において、建物に対する設計者や施工者の設定・想定を超える価値を創出する営みをFM」
と考えることにした。これらに優劣があるわけではなく、どちらも建物ライフサイクルにおい
て重要な工程であり、目的が明確に異なるということが重要なのだと思う。勿論FMや維持管理
の定義は建物の捉え方によっても異なるはずなので、別の分類方法や定義があっても良いだろ
う。ただし、建物ライフサイクル全体でのBIM導入のようにプロジェクトのステークホルダー
が多い場合は、全員で同じ認識を持っておく必要がある。
FMと維持管理をそれぞれ定義するのは、BIMの導入を検討する上でそれぞれのゴールを明確に
するためである。今更書くまでもないことだが、FMや維持管理に限らず業務プロセスの改善を
行う際は、課題解決型であれば現状(As is)とあるべき姿(To be)を設定し、そのギャップから課
題を抽出しゴールを設定する。ここで導入・運営しようとするFMや維持管理において何を改善
し、どのような目標設定をするかを決定し、目標を実現するための手段として建物情報管理が
有効であれば、BIMの活用とBIMモデルに持たせる情報項目を検討する、というのがFMや維持
管理でBIMを導入・活用する本来の手順となる。KGIとKPIをそれぞれ設定して段階的・継続的
に進めていくのであれば、PDCAサイクルを意識してFMや維持管理のロードマップをデザイン
し、それをもとに建物をモデル化すべきだろう。併せて改善に伴う新たなコストをいつ誰が出
し、効果をいつ誰が享受するかということについても明らかにしておく必要がある。
FMの導入を検討する際、オーナーやユーザーにとって建物はビジネスや事業のツールとして捉
えられることから、建物運営に起因する事業収入の増加と建物運営費の削減が主なゴールとな
る。建物の情報化やBIMはそのための手段として適正かを評価したうえで導入判断すべきだろ
う。事業性評価や事業計画策定における建物運営の役割や位置づけの明確化が目的となること
から、整備すべき建物情報もそれらを意識する必要があり、建築生産とは異なる視点での建物
のモデル化が求められる。
維持管理の場合、事業収入の増加を見込むことは容易でないことから建物のランニングコスト
低減が主なゴールとなる。この場合、BIMの導入コストに対する導入効果をより大きくする維
持管理の業務フロー設定が重要な課題となる。
FMや維持管理にBIMの導入を検討する際は、ゴールの設定や導入する範囲、どの部分を改善
対象とするかといった前提条件を決めた上で、BIMモデルの姿やデータフローを決めていく必
要がある。
BIMの特徴の一つに「見えないものを見えるようにする」というものがある。建築生産工程で
は、存在しない建物を存在するかのように仮想化し、事前に問題点や検討点を見えるようにす
る。FMや維持管理では建物がすでに存在するため、部位や機器の数と場所がわかる程度では
「現場を見たほうが早くて安くて正確」ということになる。実物を見きれないほどの大量の建
物を統合的横断的に管理する、見ることが容易ではないエネルギーマネジメントやアクティビ
ティを始めとした建物にかかわる現象を把握・評価するために見えるようにする、といったこ
とにBIMが利用できるのであれば、FMや維持管理への導入効果を高めることができるのではな
いだろうか。勿論、建物を建てる前にどのようなFM・維持管理をするかの検討にもBIMのこの
特徴を活かすことができるだろう。
建築生産工程は、BIMの登場を契機に業務フローの改善を加速させているように見える。ファ
シリティマネジメントや維持管理も建築生産工程で作成されたBIMモデルをどのように使うか
という受動的活用ではなく、情報化・デジタル化という観点からFM・維持管理そのものをリデ
ザインし、その上で改めてFM・維持管理の視点でどのように建物をモデル化し、何をBIMモデ
ルに求めていくかを考える時期に来ていると思う。